第87話4-18北に向けて出発


 姉さんはティアナ姫の記憶を取り戻す事を諦めた。



 「すみません。せっかくアナス王女様に提案してもらい『鋼鉄の鎧騎士』が復活できると思ったのに‥‥‥」


 「仕方の無い事ですよ。無理やりティアナ姫を復活させることはフェンリルさんの意に反しているようですしね」


 「うーん、まあ仕方ない。『鋼鉄の鎧騎士』はあきらめて今の戦力で何とかするしか無いわね?」



 みんなで封印の間で「鋼鉄の鎧騎士」を見上げながらため息をつく。

 でも姉さんがティアナ姫になる事を拒んでいるのでは仕方ない。

 姉さんはみんなに平謝りしているけど、みんなも大して気にした様子は無い。



 「お母さ‥‥‥じゃ無かった、フェンリルもういいわよ。その分あたしが大暴れするから!」

 

 セキさんはそう言って姉さんの肩に手を置く。

 すると姉さんもセキさんの手に手を重ねすまなさそうにする。


 「ごめんね、セキさん。ティアナ姫の記憶は垣間見たからセキさんがティアナ姫の事を母親としてとても好きだったのは分かるわ。でも、どうしてもティアナ姫になるのは怖くて‥‥‥」


 「仕方ないよ。フェンリルはフェンリルのままでもいいわよ。その代わりすべてが終わって神殿に戻る羽目になってもフェンリルが生きている間はたまには会いに来てよね?」


 ニカっと笑うセキさんに姉さんは頷き応える。


 「勿論よ! ソウマと一緒に遊びに行くわ!」


 「私が生きている間は私と一緒ならセキも自由に神殿を出れるのですけどね、ですわ」


 姉さんは姉さんのままでいる事を選んでくれたようだ。

 でもそうするとこの人生で姉さんは女神様と会うつもりがないって事かな?



 僕はそんな事をぼんやりと思うのだった。 


 

 * * * * *



 「しかしゲートが使えないとなると陸路を移動してノージム大陸に渡らなきゃね? 魔王軍は撃退してもこのティナの国から北は魔王軍の勢力下か。なるべく早く元ルド王国まで行くとなると可能な限り戦闘は避けたいわね」



 応接間に戻ってシェルさんはお茶を飲みながらみんなと話をする。

 これから陸路を使って元ルド王国の魔王城に向かわなければならない。


 リリスさんの話では僕がミーニャに会いに行くなら戦争は一旦止めると言っていた。

 だから急ぎミーニャの待つ魔王城に行きミーニャを説得して北の国々を解放して魔王軍も解体して一緒に村に戻ってもらいたい。



 「あら? フェンリルさんは何処ですの?」


 僕たちは北に向かう相談をしていたけど気付けば姉さんはいなくなっていた。


 「フェンリルならお手洗いじゃない?」

 

 「あれ? ほんとだ、いない」


 エマ―ジェリアさんが気付いて姉さんがいない事を言うとセキさんもシェルさんも今気付いたようにきょろきょろする。


 でも僕とアナス王女様は知っている。

 姉さんはティアナ姫と女神様の部屋の向かっている事を。



 「フェンリルさんは謝りに行っているみたいです。ご自分の部屋に」


 「フェンリルが? まさか記憶を垣間見てティアナが目覚めたの?」


 驚くシェルさんにアナス王女様は首を振って言う。


 「フェンリルさんはフェンリルさんのままでいたいと決めました。しかし女神様には申し訳ないと言っていたのでせめて記憶の中にあるご自分の部屋に戻って謝りたいと言っていました」


 「‥‥‥そっか、そんな事言っていたのか。なんかフェンリルに無理させちゃったかしら?」


 「いえ、むしろ今後フェンリルさんにとってこの人生を決める為にはよかったのかもしれません。始祖母ティアナ姫の魂を持つ者としての重荷をわざわざ背負う必要もないでしょう?」


 アナス王女様はそう言ってお茶を飲む。

 僕は上の階にあると言うティアナ姫と女神様の部屋だったと言う場所の方を見る。

 


 姉さん大丈夫かな?


 

 「じゃあフェンリルはいないけど今後について決めましょう。良いかしら?」


 シェルさんはそう言ってまた話を始める。

 僕たちは無言で頷き北に行く段取りを決めるのだった。



 * * * * *


 

 今日はお城でゆっくり休んで明日北に向けて出発することになっていた。

 アナス王女様の計らいで今晩は宴を開いて英気を養う事になっている。



 「姉さん?」


 「ん、ソウマ。どうしたの?」


 宴は美味しい料理やお酒で盛り上がっていたけど姉さんはひと段落したら一人バルコニーに向かっていた。

 それに気づいた僕は姉さんを追って来た。



 「その、ありがとう。姉さんが僕の姉さんのままでいてくれて‥‥‥」



 「ソウマ?」


 僕はバルコニーの端に腰かけて夜空に浮かぶ青と赤の二つの月を眺めていた姉さんにそう本心を言う。



 「やっぱりフェンリル姉さんがフェンリル姉さんじゃなくなっちゃうのは心配だったんだ。姉さんは僕の最後の家族だったし‥‥‥」


 そこまで言うと姉さんは優しく僕を抱き寄せてくれた。

 いつもと違ってそれは本当に優しく、そして見上げた姉さんの表情は姉さんじゃ無いように見えた。



 「ごめんねソウマ。心配させちゃったわね? ティアナ姫の記憶を垣間見て私の胸の奥底に彼女の笑顔が焼き付いたわ。とても愛おしい人。でもね、それは今の私の気持ちじゃない。私はソウマが好き。世界中の誰よりソウマが好き。だから彼女のその笑顔も大切だけど今の私は受け入れられない。だからティアナ姫にはなれない。分かってはいるの。でもね、やっぱり私はフェンリルのままでいる事を望んだの。彼女には申し訳ないけどね‥‥‥」


 「姉さん?」


 「もの凄かったわ、昔の私。彼女と初めて出会ってから彼女の為に命を落としたり、転生して幸せに人生を過ごしたり。時には彼女と手を取りこの世界の為に『鋼鉄の鎧騎士』で飛び回り、国の母になる為に子供を産んだりと自分がそんな偉業をこなしてきたなんて信じられない事ばかり。でもその私たちだった女性は全部同じ魂を持つ者。不思議だよね?」


 姉さんは空の月を見ながら涙を流していた。



 「ごめん、エルハイミ‥‥‥」



 姉さんはそう一言いながら泣き始めた。

 僕はその聞いた事の無い名前を聞いたのに何故か昔から知っていたような気がした。

 そしてそれはこの世界に多大なる影響を及ぼした人の名前。



 今は忘れ去られた女神様の本当の名前。



 「姉さん‥‥‥」

 

 「ソウマ、ごめんね‥‥‥」



 姉さんはそう言いながら両の手を頬に添えて上向きに顔を向かせて僕に口づけをして来た。



 ちゅっ。



 それはいつもの弟に対する愛情のキスではなく、唇と唇を重ねるキス。

 もっと小さい頃悪ふざけでしたキスとは違うキス。


 僕は思わず背筋をピンとしてしまった。

 軽く重ねられたキスはどのくらいの時間だったのだろうか?

 とても長い時間? 

 いや、ほんの一瞬だったのかもしれない。

 

 姉さんはすっと僕から離れてそしてにこりと笑う。



 「お姉ちゃんがソウマを守ってあげる。お姉ちゃんの一番大事なソウマを」



 僕は月あかりの中で姉さんを見て初めてドキリとする。


 奇麗な姉さん。

 いつも優しく僕をかまってくれる姉さん。


 今まで姉さんにドキリとする事は無かった。

 でも今の姉さんは‥‥‥



 「ああぁ、いたいた! ソウマ、フェンリル!! お肉来たわよ!!」


 「ソウマ君もフェンリルさんもちゃんと食べておかないとだめですわよ? 明日からは長旅になるのですわよ?」


 「フェンリル、ソウマ! ほら、こっち来なさいよ!!」


 セキさんやエマ―ジェリアさん、そしてシェルさんがバルコニーにやって来た。



 僕と姉さんは思わず顔を見合わせ赤くなってから乾いた笑いをしてみんなの待つ宴へと戻って行くのだった。

 

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