第86話4-17フェンリル
オーブの輝きが姉さんを包み込み姉さんはそのままの恰好で固まる。
瞳は見開かれ時たま「あっ!」とか「ううぅ」とかうめいている。
「シェルさん、これ本当に大丈夫なんですか!?」
思わずシェルさんにそう聞いてしまう僕。
だってあの姉さんがこんな風になるなんて初めてだったから。
しかしそんな僕に対してシェルさんはいたって冷静に答える。
「落ち着きなさいソウマ。今フェンリルはティアナだった頃の記憶と向き合っているのよ。知らない自分の人生を体験してそしてそれらを思い出しあのティアナの記憶を呼び戻そうとしているの。だから大丈夫、安心しなさい」
「でも、こんな姉さん初めてで‥‥‥」
それでも僕は姉さんとシェルさんを交互に見る。
心配なのは変わりないし、姉さんがそのティアナ姫になっちゃったら僕の姉さんじゃなくなっちゃうのかな?
途端に不安に心が締め付けられる。
姉さんはいつも僕と一緒にいてくれた。
優しく、時には厳しく。
時たま変になるけどそれは僕を大切に思ってくれているからだと思う。
親を早くに亡くしてたった一人の肉親である姉さん。
でも姉さんはティアナ姫の記憶を思い出す事を選択した。
何時かは僕も姉さんと離れるだろうけど急に姉さんがいなくなっちゃうのは何となく嫌だった。
「‥‥‥姉さん」
「ソウマ君、きっと大丈夫ですわ。フェンリルさんはソウマ君の事とても大切に思っていますもの」
不安に思わず胸の服を掴む僕にエマ―ジェリアさんがそっと手の上に手を載せる。
僕は驚きエマ―ジェリアさんの顔を見る。
するとエマ―ジェリアさんは一度目をつぶってからゆっくりと目を開き僕に告げる。
「人を好きになる気持ちはどんな事が有っても消えませんわ。だからフェンリルさんもたとえティアナ姫の記憶を思い出してもソウマ君の事を忘れるはずありませんわ」
「エマ―ジェリアさん‥‥‥」
にっこりと笑うその笑顔に何となく救われた気がした。
流石聖女様だね。
不安だった僕の気持ちを和らげてくれるとは。
「ソウマ、どうやら終わったみたいよ!」
セキさんのその声に僕もエマ―ジェリアさんも姉さんを見る。
すると姉さんを包んでいた光が消えていきオーブの輝きも消えた。
「終わったわね? さて、フェンリル聞こえるかしら?」
しかし姉さんは下を向いて黙ってしまったままだった。
「フェンリル? あれ? もしかして拒絶反応が出たの!?」
シェルさんは慌てて姉さんの両肩を掴む。
「フェンリル、フェンリル!?」
それでも姉さんは下を向いたまま黙っていた。
僕も慌てて姉さんの目の前にまで行く。
「ちょっ、シェル本当に拒絶反応が出たの!? 母さんは大丈夫なの!?」
セキさんも慌ててこちらに来る。
エマ―ジェリアさんも同じだった。
でもやっぱり姉さんはずっと下を向いたまま黙って‥‥‥
いや、なんか小声でぶつぶつ言っている?
「だめ‥‥‥ 駄目‥‥‥ そんなの嫌‥‥‥」
「姉さん?」
僕がそう言うと姉さんは僕にいきなり抱き着いて来た!?
「ソウマぁっ!! やっぱりダメっ! お姉ちゃんティアナ姫にはなれないぃっ!! あ、あんな事女神様にされちゃうなんて嫌ぁっ!! それに三百年前の事も納得いかないぃっ!! いくら何でもあれは無いわよ!!」
「え、えっとぉ、姉さん?? ぶっ!?」
いきなりそう言って姉さんは自分の胸に僕の顔を押さえつけるかのように抱きしめる。
って、これじゃあまた息がっ!
「転生するたびに女神様にされちゃうし、子供まで産んじゃうし、もう女神様無しではいられない体にもされちゃうし!! お、女の子どうしよ!? 毎回毎回早い段階で見つけられると女神様好みの女にされちゃうし! 嫌ぁっ!! 今の私はこんなの受け入れられなぁぃいぃ!!!!」
きゅうぅぅ~~~~
ぱんっ!
姉さんがそう叫ぶと同時に姉さんの体から光の粒たちがまたはじけだし、一つに集まってオーブに戻って行く。
それはまるで一つ一つが姉さんの前世だった記憶の様に。
「っと、ありゃ。これって記憶が拒絶されてオーブに戻っちゃったかしら?」
オーブもシェルさんの手元に戻って来る。
そして以前と同じく虹色に淡く輝いている。
「無理ぃ! そりゃぁ女神様の事は嫌いじゃないけど今の私はそう言うのダメぇっ! やっぱり今はソウマが好き! だから駄目なの、だめ、だめ、だぁめぇっ!!!!」
「ぐっ、ね、姉ぇさん‥‥‥」
かなり強く抱きしめられて僕は完全に息が出来なくなっていた。
ぱんぱんと姉さんの腕を叩いても興奮した姉さんは放してくれない。
も、もう息がぁ‥‥‥
「あ、ソウマ!?」
セキさんが僕の名を呼んだのを最後に僕の意識は途切れるのだった。
* * * * *
「あら、気付いたようですわ」
聞こえた声はエマ―ジェリアさんのモノだった。
そして気付いた僕はいつものようにエマ―ジェリアさんに膝枕されていた。
「うわっ! ごめんなさい!! 僕また気絶してたんですね?」
慌てて起き上がるとエマ―ジェリアさんは何も言わずその場を退く。
そして僕の周りには姉さんやシェルさん、セキさんにアナス王女様まで心配そうに見ている。
「ソ”ウ”マ”ぁ”~」
「はいはい、フェンリルはもう抱き着いちゃだめよ? またソウマが瀕死になってしまうわよ?」
「ソウマ大丈夫?」
「まさかソウマ君が気を失うとは思いませんでしたね。大丈夫ですか?」
どうやらみんなに心配をかけてしまった様だ。
でもそんな中僕はやはり姉さんの事が気になった。
「すみません。それで姉さんの記憶は?」
「‥‥‥ソウマ、ごめん私やっぱりティアナ姫の事受け入れられないみたい。女神様の事が嫌いになった訳じゃ無いのだけどその記憶を受け入れティアナ姫になる事は無理なの。私はフェンリルのままでいたい。ソウマのお姉ちゃんでいたいの!」
そう言って抱き着こうとするのをぐっとこらえてそっと僕の手を握ってくれる。
「姉さん‥‥‥」
「まあ、そう言う事で残念と言うべきかしら? 私にして見るとこれが終わればあの人を独り占めに出来るから逆に良いのだけどね」
「シェルさん、独り占めも何も女神様って三人に分かれてそのうちの一人がシェルさんのモノじゃないですか。あの黒龍さんだってそうだし」
シェルさんのその言葉に姉さんは突っ込みを入れる。
それでもシェルさんは動じずに言う。
「分からないわよ? 三百年ぶりにティアナに会えるなんて知っちゃたら三人同時でフェンリルの所に来ちゃうかもしれないもの。分かれていても根底は同じだからね」
「うっ、それは記憶を見たからわかりますけど、そうするとそのうち一人ってまだそうって事なんですよね?」
「ええ、だから天界から下界に来れないのよ。代わりに私やコクが動いているって事ね」
何となく意味深な事を言っている二人。
でも僕にしてみればそんな事はどうでもよくなっちゃった。
姉さんが姉さんのままでいてくれる。
僕はその安堵に姉さんの手をそっと握り返すのだった。
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