第52話:悪魔の提案


「――ピコッ、ピコンッ。

 ピコンッピコンッピコンッ」



 玲瓏と澄んだ無機質な

 機械の連続音が

 寝惚けた頭に煩わしく響き、

 夕餉後の微睡みを妨害する。



「うぅ~~なんだよもー」 



 不快音で覚醒させられた脳は

 そうそう

 スリープモードに戻れない。

 電源スイッチでも

 入れられたかのように

 だんだんと冴えてくる意識の中で、

 雪生は安眠妨害の元凶である

 スマホに手を伸ばした。



「人がせっかくいい気持ちで

 うたた寝してたっていうの、」



 表示される待ち受け画面。

 動画視聴アプリや

 ニュースアプリなどからの

 通知がずらり。



「に……??」



 下方向へスクロールしていくと、

 昨日葉菊の目撃情報を募る

 情報を発信した

 アプリからの通知があった。



【@hawk_chrysanthemum

 タカノさんからフォローされました】

【@hawk_chrysanthemum

 タカノさんから

 DMが3件届いています】



「…………誰だこれ??」



 この情報発信アプリのアカウント名で

 これほど英文字だけを

 羅列している人はほぼ見かけない。

 外国人か怪しい奴か。


 しかし昨日のことに

 関係しているなら

 無視するわけにはいかない。 


 確認だけはしておこうと

 アプリ起動させ、DMを開いてみた。



【初めまして、タカノといいます。

 ゆきなまさんと個別チャットで

 やりとりしたいことがあったので、

 フォローさせてもらいました】



 アカウント名は

 ゆきなまにしたことに

 深い意味はない。

 考えるのが面倒だっただけだが、

 こうして改めて送られてくると

 どうしてこんな馬鹿っぽい

 名前にしたのだろうと

 悔いが生じる。



【早速ですが、

 やりとりしたいことというのは、

 ゆきなまさんが昨日投稿していた

 行方不明者の

 書き込みについてです。

 私は写真の女性を目撃しました】



 まさかとは思っていたが、

 そのまさかだった。

 やはり情報社会と言うべきか、

 損得よりも、

 社会から承認されるためなら

 労も惜しまない

 世の中だからこその産物だろう。



【このメッセージを見たら、

 ご連絡ください】



 ガセネタかどうか

 という不安もあるが、

 ばぁちゃんにもう一度会える

 可能性がある以上は

 確かめずにいられなかった。



【タカノさん

 ご連絡ありがとうございます。

 ゆきなまです。

 タカノさんが目撃した

 女性についての詳細情報を

 教えていただけますか?】



 DM送信後、

 既読機能がついているのか?

 と思われるほどの速さで

 レスポンスがあった。



【もちろんです。ただ、

 文面でお伝えするには

 少々手間取るかと思いますので、

 口答で伝えさせて

 もらってもいいでしょうか?】



 口答、ということは

 直接か通話かの

 どちらかになるだろう。

 そして、その二択なら

 即時性が高い通話を選択する。


 しかしながら生憎、

 このアプリに

 通話機能は備わっていない。

 通話するとなれば、

 携帯番号か通話アプリのIDを

 教えなくてはならなくなる。



【それはつまり……通話して、

 伝えたいということですかね?】


【はい。その方が分かりやすく

 お伝えできるはずですから】



 相手が本当の目撃者かどうか

 分からない以上、

 あまりにリスキーと言えよう。


 相手の素性も分からないネット上で

 個人情報を交わすことは、

 町の掲示板で

 個人情報を載せることよりも

 遥かに危険な行為だ。

 迷うところではあるけれど……、


 そうこうしているうちに

 催促のように相手からの

 メッセージが立て続けに届いた。



【やっぱり、文面だけでは

 信用してもらえないですよね。

 私が本当の目撃者か

 どうかも分からないし、

 悪用されるかもしれないのに

 連絡先なんて

 教えるわけにはいきませんよね……】



「そ、そんなことは!!」



 咄嗟にそう叫ぶが、

 画面伝手の相手に届くはずもなく、

 スマホ画面に指を落とそうとした。



【そういうわけで、ゆきなまさんに

 私が本当に目撃者であるということを

 信じてもらうために

 これをお送りします】



 液晶画面の下部で

 ロード中マークがくるくる廻る。



 数秒後表示されたのは

 黒字に▶マークだった。

 写真ではなく

 動画ということだろう。


 蛇を突くような心持ちで

 ▶をタップする。



「っ、ばぁちゃん……!!!!」



 勢い余って、

 スマホの画面と鼻先が擦れ合う。


 だが、それも仕方なかった。

 なぜならそこには

 朝のテレビ小説を楽しむ

 ばぁちゃんの横顔が、笑い声が、

 しっかりと残されていたのだから。


 その番組は雪さんが

 日々の楽しみだと言って、

 毎日欠かさず観ているものだから

 それがいつ放送されたものかは

 すぐに分かった。


「これ、今日の放送分だ……」


 画面右端に映り込む時間も

(8:32)を示していることや

 外がまだ明るいことから、

 今朝の映像に間違いないだろう。

 つまりばぁちゃんは

 無事ということだ。


 そうと分かって、

 ギリギリまで迫っていた焦りが

 すーっと融けていく。


 しかしそうなると、疑問が残る。



 ばぁちゃんが無事ということは、

 今まで平穏に

 生活できていたことになるが

 ……それはすなわち、



「こいつ、目撃者なんかじゃなくて

 ……誘拐犯??」



【納得してもらえましたか?

 そうです、

 彼女は私の家にいます。

 詳細については前言通り、

 口答で話し合いましょう。

 こちらに掛けてください】


【090-****-****】



 こちらを監視しているかのような

 口調に寒気すら感じたが、

 ばぁちゃんの身を

 預かられている以上

 応じないわけにもいかず、

 指定された携帯番号へ電話を掛けた。


 ワンコール、ツーコールと続き、

 スリーコールに切り替わる直前で

 呼び出し音が切れる。



「――はい、もしもし。

 どちら様でしょうか?」


 イケメン風を吹かした

 いけ好かない声音。

 エリートぶって

 鼻につくイントネーション。


 この声には覚えがあった。



「…………あんたまさか、

 杣山か!??」



 すると電話口で

 小馬鹿にするような

「おめでとう」と拍手の音がする。



「ご名答、と言いたいところだが、

 クソガキ。

 口の利き方には気を付けるんだな」


「……………………一体何の用ですか。

 他人を装って接触してくるなんて。

 あんなことされた僕になんか

 関わりたくもないでしょ?」



 ――まぁ杣山がそんなことない

 と言ったところで、

 僕は絶対嫌だけど。

 と密かに毒づく。



「あぁ、そのことだが

 今は水に流してやってもいい」


「杣山誠一さんが良くても、

 僕はあなたが雪さんにやったこと、

 絶対許しませんからね」



 僕の言葉の後に、

 クスクスと笑い声が続いた。



「なんだお前、もしかして

 ――雪に

 恋でもしてるのか???」



 彼の物言いは僕だけにあらず、

 雪さんまでも愚弄していた。

「あんな奴ごときに」

 そんなニュアンスを含んだ

 発言に我慢が利かなかった。



「そんなわけないだろっ!!!!」



 感情で張り上げた声に

 喉から熱い息が零れる。


 売り言葉に買い言葉だったが、

 杣山に彼女への好意を

 認めることだけは

 したくなかった。



「……ははっ、そうか。

 なら丁度いいな」


「何が」



 ほくそ笑んだことを

 知らせる嗤笑で、

 僕は彼の術中に

 嵌められていたことを悟った。



「お前と取引がしたい」


「取引って……、何ですか?」



 その問い掛けに、 

 彼は映像で応えた。


 切り替えられたテレビ通話の

 画面に映るのは、

 台所で洗い物をしている

 ばぁちゃんの後ろ姿。


 しかし映されたのは

 ほんの一瞬で、

 瞬く間にテレビ通話モードが

 オフにされた。



「お前のだぁいすきな

 ばぁちゃんを返してやるから、

 雪を返せ。

 ――言ってる意味、分かるよな?」



 こいつは悪魔だ。

 どこまで知っていて

 こんな提案を突き付けてきたのか。


 少なくとも、彼はばぁちゃんが

 僕の大事な人だと知っている。

 しかも、雪さんを追い詰めたことを

 知っている相手に

 交換条件として持ちかける。


 これらだけで性根の腐った

 彼のエゴイズムが感じられた。

 けど、そうは言っても……、


「猶予が、欲しいです……」


 僕も大概最低だ。


 三日後の22時までに雪を返さなきゃ、

 お前は永遠に会えなくなるぞ。


 そう捨て台詞のように吐き捨てられ、

 通話は途絶える。

 杣山の脅し文句と

 すぐ近くで流れるシャワーの音が

 脳内で木霊し続けた。


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