未成年です(3)

 十数分にも及ぶ

 物語調のナレーションだったが、

 声の使い分け方や息遣いに

 臨場感があったからだろうか、

 参加客のほとんどが

 櫛名田さんに拍手を送っていた。


 目の端で見遣った杣山は

 ギュッと唇を結んで、

 忌々しそうな目付きで

 こちらを睨んでいる。

 怒りを感じていることに

 間違いは無い。


 それでも堪えているのは、

 今いきり立てば、

 物語の王子様が自分である

 という事実が露見するのを

 怖れたからだろう。


 が、その忍耐も

 いつまで保つものかな。


 僕は歓声を受けて、

 深々とお辞儀をしていた

 櫛名田さんに視線を送る。



「……皆様、ご静聴

 ありがとうございました。


 それでは次に、

 新郎新婦が誼を結ぶまで

 大変お世話になった方を

 ご紹介させて

 いただきたいと思います。

 その方は、お二人を縁を結ぶ

 きっかけとなった方で言わば、

 お二人にとってはまさに

 恋のキューピットでした。

 その方の存在がなければ

 今の倖せなお二人はいなかった

 と言えることでしょう。


 それでは、

 その方のお名前を申し上げさせて

 いただきたいと思います。


 杣山、誠一様。

 どうぞ、前へ!!」



 予想していなかった

 大勢の前での「紹介」に

 彼は戸惑っていたが、

 空気的にも従わざるを得ず、

 のろのろと

 前へ繰り出してきた。



「恋のキューピットとなった

 お二人の晴れ姿に、

 今、どんなお気持ちですか?」


「ぇ、いや、その、えーと……

 おめでたいことだと、思います」



 無知を装った櫛名田さんから

 向けられるマイクを前に、

 杣山は暴言を

 吐くこともできずに、

 唇の皮を食い千切っていた。

 いつ本当のことをバラされるのか、

 そんな焦燥感が目に見える。



「え~と……杣山さん、

 あまり嬉しくないんでしょうか?

 表情もお暗いことですし、

 あれ~、もしかして……

 物語に登場するお――」



 止めの一撃を遮るように

 入り口の扉がパァンと開かれ、

 みるみるうちに

 櫛名田さんの顔色が

 曇っていくのが分かった。


 オールバックに

 執事服のようなスーツを着こなす

 男性には貫禄があり、

 そこそこの地位についている

 というのが察せられる。



「お、オーナー……

 どうしてここに…………」



 震え声を出す

 櫛名田さんには目もくれず、

 オーナーと呼ばれた男性は

 マイクスタンドの前に立った。



「お楽しみ中、失礼致します。

 わたくし、オーナーの

 屋敷紅葉と申します。


 突然ですが、

 皆様にお伝えしたいことが

 あってこちらへ参りました。


 この式の新郎は……」



 慌てて飛び出そうとするが、

 慣れない燕尾服のせいで

 上手く動けない。


「未成年です」


 オーナーのたった一言に

 いい雰囲気だった会場は騒然。

 事を知っていた

 サクラたちは頭を抱え、

 一般客はどういうことだと

 騒ぎ立てる始末。


 一体何のためにこんなことを。

 バラしたって

 式場側に得はないだろうに。

 結婚式の失敗を

 覚悟した僕だったが、



「実は、お二人は模擬挙式に

 参加していただいた

 被験者なのです」



 更なるオーナーの発言に、

 参加客は唖然とする。



「これは、将来を誓い合う

 若者たちがこの先の関係を

 信じられるようにと考えて、

 企画した初の試みです。


 他にも色々な試みをした結果、

 このような風変わりな式と

 なってしまいましたが、

 皆様、楽しんで

 いただけましたでしょうか?


 この後、未婚者の皆様には

 同会場で婚活パーティーを。

 既婚者の方には配偶者との

 特別ディナーをそれぞれ無料で

 予定しておりますので、

 よろしければそちらも

 ご参加ください」



 式を台無しにするかと思われた

 オーナーの粋な計らいにより、

 式は無事に

 終わることができたのだった。


 あのまま杣山を挑発していれば、

 傷害事件にも

 なったかもしれないだろう。



「私の娘も

 似たようなことをされて、

 長らく苦しんだものです。

 経済的にも精神的にも。


 だからこそ、

 目の前で同じように

 傷付く人たちを

 見たくありませんでした。

 それに、これは当式場にとっても

 いいきっかけづくりになりましたしね」

 


 そう笑ってくれた

 オーナーの心遣いで、

 僕と雪さんの記念撮影を

 行ってくれることになった。


 カメラを向けるオーナーの

「お二人はお似合いですね」という

 何気ない一言で動揺した瞬間に

 撮影された写真には

 僕の気持ちが

 現れているかもしれないと、

 慌てて確認した映像は、

 二人とも頬を紅潮させていた。



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