未成年です(2)

 暫くの歓談タイムが取られ、

 新婦である雪さんの元には

 元同僚の女性たちが

 ぞろぞろと集まりだす。

 ぎらついた視線から

 悪意は感じられないが……、



「ねえねえ、鈴生さん~

 そのドレス、

 すっごく素敵よね。

 やっぱりそれってあの、

 デザイナーの……?」



「え、ええそうです……

 わたしがウェディングドレスに

 憧れを持ってると知った彼が、

 それならドレスに

 予算を割こうって

 仰ってくださって……」



 もじもじと恥じらうお姉さんの姿に、

「キャー」と

 甲高い歓声が上がる。

 盛り上がる分には

 構わないけれど、

 僕を巻き込む系統の問答は

 やめてもらいたいものだ。



「ええーそれってぇ、

 お金はどうしたんですか?

 やっぱり折半?

 それとも、彼の負担ですかぁ??」


 水を口にしていた僕の鼻から、

 水が逆走しそうになった。

 反射的にそれを言い出した

 女性を見てしまう。


 披露宴にしては華美な、

 ピンクフリルの超ミニワンピ?

 を着用し、ヘアスタイルは

 キャバ嬢さながらに盛られていた。


 ぶっちゃけすぎた話題に

 周囲は引き気味モード

 ではあったが、内心、

 誰かがそれを聞くのを

 心待ちにしていたのか、

 誰もその女性を止めはしない。



「……ぇ、えーっと、

 費用は全て彼が

 出してくださいました」



 注目を集めてしまったことで

 申し訳なさそうに

 目を伏せる雪さん。


 嫌な予感と同時に

 標的を変えた女性たち。



「ええーすごいですね!!

 そんなにお若いのに、

 優秀なんですね~」


「それに挙式費用

 全部賄うなんて、

 鈴生さんにベタ惚れですね。

 今時、あなたみたいにピュアな人、

 なかなかいませんよ。

 これほど恋人思いな方と結婚できる

 鈴生さんが羨ましいです」


 彼女たちが次々に挙げる

 言葉たちは僕の胃を切り詰めた。

 できる限り、

 避けたかったが新郎という立場上

 そうもいかない。

 僕は、地獄の質問タイムに

 耐える決心をする。


「あのぉ、良かったらなんですけどぉ

 ……雪生さんのご友人を

 紹介してもらえませんか~?」



 瞬間、

 その場に居た全員が凍り付き、

 僕と雪さんの顔は

 ヒクヒクと痙攣を起こした。



「ちょ、ちょっと、

 そんな失礼なこと

 言っちゃダメじゃないの~

 今日はお二人の

 晴れ舞台なんだから

 そういうのはまた今度で、ね?」



 と窘めるパープルの

 ドレスの女性の言葉には

 耳を貸さず、

 非常識な女性は続ける。



「え、ていうかぶっちゃけ、

 雪生さんと鈴生さんが

 どうやって知り合ったのか、

 超気になるんですよねぇ~。

 お若いのに結婚資金を

 ポンと出せるくらい

 資金力があるって、

 お金持ちか相当なエリート

 じゃないですか……

 ところで雪生さんって、

 ご職ぎょ――」


「皆様、ご歓談中失礼致します。

 これより、

 新婦ご友人代表として

 黒上流様よりスピーチを

 していただきましょう。

 黒上様どうぞ前へ」


 櫛名田さんの誘導により、

 スポットライトが

 会場前方の席に腰掛ける

 雪さんの友人に当たる。


 催し事が始まると知った

 彼女たちはぞろぞろと

 各の席へ戻っていく。


 ほっと胸を撫で下ろしていると、

 こちらを見ていた

 櫛名田さんと目が合い、

 これが彼女の計らいだと気付く。


 助かったけれど、

 タイミングを早められた

 友人代表さんは

 怒っていないだろうか。


 櫛名田さんに促され、

 力強いスポットライトを 

 当てられた黒上さんは


 黒いレースの

 ショールを身に纏い、

 瑠璃色のシックなワンピースの裾を

 ひらひら揺らして、

 壇上へと向かっていく。


 マイクスタンド前を

 譲られた彼女は、

 マイクが音を拾うくらい

 すぅっと息を吸い込んだ。



「――私と彼女、鈴生雪さんは

 似たもの同士でした。


 とは言っても、

 お互いの趣味嗜好が

 同じだったわけでもなく、

 同じ夢を追いかける

 同志でもありません。

 ただ、境遇が同じでした。


 普通に育てられているはずなのに、

 親から〝愛されている〟という

 実感がない、不遇さが」



 黒上さんがそう言い切ると、

 会場内に波紋が生じた。

 晴れの日になんてことを言うのか、

 両親の前でなんてことを、

 と言った具合に。



「実際私も彼女も親から、

 本物の愛情は

 もらえてなかったのでしょう。


 私は過度な要求で、

 彼女は過小な評価で、 

 心に傷を付けられていました。


 だからこそ全然違うのに、

 惹かれ合うものが

 あったのだと思います。

 私も彼女も出逢ったときから

 互いに素直でした」



 彼女の悲しいエピソードに

 早く終われと野次を飛ばす人、

 情けから涙を流す人、

 様々な反応が生まれてくる。



「けれど大人になるにつれ、

 二人の関係はどんどん

 稀薄なものになっていって……

 会うことすらなくなりました。


 いえ、〝会えなくなった〟

 と言った方が

 正しいのでしょうか」



 彼女の浮かべた不穏な笑みに、

 野次を飛ばしていた輩の面も

 青ざめて、辺りはシンとした。



「初めのうちは、

 厳しい彼女の両親が

 また行動を制限しているのかと

 思っていたのですが……

 それは違いました、」



 話の途中のような間合いで

 黒上さんはフッと目を瞑り、

 開かれた眼には確かな

 怨みが込められていて、

 丑の刻参り中の術者を

 見てしまったような

 悪寒が僕を襲った。



「…………彼女、ね?

 一度だけ、会えなくなって

 音信不通になってから

 連絡をくれました。


 そのとき、

 今交際している人の束縛が

 酷くて何一つ自由に選べない、

 ――さん以外の人と

 お話がしたい、

 自分で生きたいって。


 そんなことを話してくれました」



 黒上さんはそこで話を区切り、

 キュッと右斜め後方に身を捻り、

 僕の方を見たかと思うと

 これ以上にないってくらい

 特上の笑みを浮かべて、



「でも良かったです。

 今ここにいる新郎さんが、

 その〝彼〟じゃなくて。


 それに、雪、

 とても幸せそうな顔を

 しているもの。

 だから最後に

 この言葉を贈らせてほしいわ。


 ――あなたは、

 自分で人生を選び取って、

 自分の倖せを得なさい」



 そう言い終えると彼女は

 ぺこりと頭を下げて、

 自分の席へと戻った。


 パチ、パチ、パチと

 拍手が上がり始める。

 これはサクラが

 気を利かせてだとか

 そういうではなく、

 オチに感動した人たちに

 よるものだろう。


 僕も拍手を贈った。

 機転を利かせてくれた

 櫛名田さんと、

 早まった出番にもかかわらず

 観衆を惹き付ける

 名スピーチをしてくれた

 彼女らへの感謝を込めて。



「黒上様、

 ありがとうございました。

 さて、ご友人様による

 スピーチも終えたことですし、

 お次はお二人の出逢い、

 どのようにして

 結ばれるようになったのか

 ――お二人の馴れ初めを、

 ショートムービーにわたくしが

 ナレーションして、

 ご紹介させていただきたい

 と思います。


 皆様どうか、

 ご静聴くださいますよう

 よろしくお願い致します」



 腰からの丁寧な辞儀の後に、

 ウィーンと機械音がして

 会場右手に大きな

 スクリーンが下降してくる。


 彼女がプロジェクターの

 リモコンらしきものの

 ボタンを押すと、

 青い画面に変化し、

 注意事項と記された文字が

 スクリーンいっぱいに

 表示される。そして。



【今から流れる映像と

 ナレーションは

 新郎新婦の言葉を元に、


 あくまで物語調に脚色を加えて

 再現したものです。

 多少おかしな点があっても

 ご容赦ください。


 決して、怒るということは

 なさらぬようお願い致します】



 そんな意味深な忠告の後、

 タイトルが表示される。



「孤独な青年とリンス・シンデレラ」



 川のせせらぎのような、

 それとも洞窟に落ちる水滴のような。

 どこか現実離れした趣のある

 櫛名田さんのナレーションが

 会場内に木霊した。


 その声は、

 声優か何かでもやっていたのか?

 と思われるほど

 うっとりする息遣いで、

 スクリーンに向けられる

 眼差しが

 真剣なものになっていった。

 

 スクリーンには

 クレヨンタッチのシンデレラが

 ぽつんと浮かぶ。



「ほんの前のこと。

 あるところに、

 リンスという若い女がいました。


 リンスは

 ごく普通の家庭で育てられ、

 ごく普通の女性のように

 振る舞っていました。

 けれど、リンスは自分が

〝灰被り〟であることを

 自覚していたのです。


 見目で言えば、

 そうではなかった

 のかもしれません。

 しかし、リンスの身体という

 檻に閉じこもった

 本当のリンスは、

 灰を被ったみすぼらしい

 灰被りだったのです。


 それ故に、

 リンスは慎ましやかに、

 そうひっそりと。

 自分が周囲から

 見放されないよう、

 目立ちすぎないようにと

 自分自身を

 押し殺して生きていました。


 リンスがそうして

 大人になったある日のこと、

 彼女は運命の王子様との

 出逢いを果たしたのです」



 メルヘンチックな

 サウンドが流れ出す。


 スクリーンには、

 宝石のように輝く、

 いかにもな王子様が映し出された。



「リンスは初めて

 王子様を見たとき、

 こう思いました。


『あぁ、なんて

 自信に満ち溢れた人なの!

 わたしにはないもの……

 とても格好いいわ』


 けれど、自分には縁のない人。

 考えるだけ無駄だと、

 リンスは諦めをつけてしまいます。


 しかし、

 運命の悪戯とは面白いもので、

 リンスは王子様から

 告白を受けることになったのです。


 お付き合いしてくださいと言われた

 リンスはどうしていいか分からず、

 両親に相談することにしました。



『あら、あなたが告白されたの?』

『すごいじゃないか!!

 是非付き合いなさい』


 両親から口々にそう言われた

 リンスはそのとき初めて、

 両親に認めて

 もらえたような気がして、

 王子様の告白を

 受け容れることにしたのです。


 王子様は爽やかなルックスと

 すらりとした長躯を持ち、

 有能で高収入、

 おまけに気配りもできる

 といった誰もが憧れる

 理想の男性そのものでした。

 そして何より、

 自分を愛してくれる。


 リンスも、

 初めて自分が認められた、

 他人から求められたと感じて、

 喜んでいました。


 王子様の……

 化けの皮が剝がれるまでは」



 肺から絞り出したような

 忌々しい声。


 途端に音楽が途絶え、

 それまでの陽気さが

 幻であったかのように

 重々しいメロディが流れした。



「王子様は…………

 王子様という仮面を被った

 独裁者だったのです。


 二人が付き合いだして、

 暫くすると、

 二人の間に結婚という話題が

 持ち上がり始めます。


 しかし、リンスには

 ピンと来なかったのです。

 王子様と結婚すると言うことが。

 別に彼を嫌いになった

 わけでもありません。

 けれどなんとなく、

 彼とは結婚できる

 相性ではないことを

 感じ取っていたのです。


 そのためリンスは

 そういう話題になる度、

 誤魔化して、

 日々を過ごしていました。


 そんなある日を境に王子様は

 人が変わったように、

 リンスを罵り始め、仕舞いには


『他の男と会話するな』

『家から出るな』


 といった束縛に

 走るようになってしまいました。


 初めのうちは憧れや

 喜びから感じていた恋心も愛情も、

 その頃にはもう朽ち果てていて。


 それでも両親はリンスに

 彼との結婚を

 しきりに薦めました。

 こんなにいい相手は

 他にいないだのという

 言葉の端々からは、

〝お前なんかに〟

 そんな貶めが込められている

 と気が付いてしまったのです。


 しかしリンスは

 気の弱い女性であったために、

 そんな身勝手な思いを

 告げることはできず、

 婚約が交わされてしまいます。


 それだけに及ばず、

 独占欲の強かった王子様は

 リンスが無気力になるまで

 軟禁で心を絞り尽くした状態で、

 結婚式場の予約まで

 済ませてしまいます。


 このままではリンスは

 傲慢な王子様の

 操り人形にされてしまう

 ……そう思っていました」



 また場面の転換点らしく、

 厭な音楽がピタリと止み、

 それから

 繰り出される音楽はなかった。



「ところが、それから

 一月もしないうちに

 王子様に変化が訪れました。


 あれほどリンスに

 執着を見せていた王子様の

 束縛が突然なくなったのです。

 軟禁も会話の制限もなくなり、

 晴れて自由になれたことを

 喜ぶリンスでしたが、

 やはりこれも

 良くないことの前兆でした。


 リンスは王子様の様子が

 おかしくなった

 秘密を知ってしまい、

 彼から逃げようとしました。

 しかし頭の切れる

 王子様は先を読んで、

 リンスを悪者に

 仕立てていたのです。

 そのせいでリンスは

 生きていくのに必要な

 何もかもを失い、放浪し、

 行き倒れる羽目に

 なってしまいます。


 その日は急な雨が降り出し、

 傘を持たないリンスに

 襲いかかりました。


 けれど全てを失ってしまった

 リンスにとっては

 どうでもよいこと。

 このまま自分は惨めに

 野垂れ死んで

 行くのだろうと思い、

 目を閉じました。



 それから……どれぐらいの

 時間が経ったのでしょうか。

 身体が地面に

 沈み込みそうなくらい雨で

 ぐしょぐしょになった

 リンスの上に傘がかけられました。


 上を見上げると、

 捨てられてしまった仔犬のように

 淋しそうな瞳をした青年が

 リンスを見ていました。

 そして、



『良かったら僕と一緒に

 住んでくれませんか?』



 そう問い掛けられたリンスは

 青年の手を取り

 ――今に至るのです」


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