未成年です

 

 教会内での不穏な気配とは裏腹に

 段取りは順調に進み、

 着替えを終えた僕らは

 悪意満点の披露宴に挑む――。



 壮大な音楽と

 ライトを駆使した派手な演出で

 新郎新婦である僕らが入場。

 会場には物を

 識別できないほどの暗闇と

 眩すぎて目を開くのが

 やっとというほどの

 明暗差が生じる。



 お姉さんと腕を組み、

 一歩、一歩と歩みを進める度、

 周囲からの熱い視線を感じていた。


 それは、中学生の僕が

 未成年と知れぬよう化粧を施し、

 シークレットブーツやら

 燕尾服の裾やらで

 誤魔化していることに

 気付かれた……とか

 そういう訝しむものではない。



「なぁ、あの人さぁ……だよなぁ」


「あんな美人って知ってたら、

 アプローチしてたのによぉ~」


「いや、お前には無理だってっw」



 会社関係者のテーブル近くを

 歩いたときに、

 そんなひそひそ話が聞こえてきた。


 お姉さんを軟禁するほど

 束縛の激しかった杣山だが、

 どうやら会社には

 彼女が結婚相手だということを

 ギリギリまで控えていたようで、

 阿婆擦れを見るような

 視線は感じず、そんな声もない。


 けれどお姉さんの方は

 近々結婚するということで

 寿退社していたらしいから、

 彼らの中でも

 辻褄はあったのだろう。


 結婚相手が

 誰とは知らないのだから。



 そんな会話も聞こえているだろうに、

 お姉さんはしずしずと

 大和撫子さながらに

 ゆっくりと歩みを続け、

 女性社員が座るテーブル前を通る。



「てか、女のあたしから見ても

 鈴生さん綺麗なんだけど~

 鈴生さんって

 会社では地味目だったけど、

 不細工とかじゃなかったよね」


「そうそう。

 品があるっていうの?

 うちらと違って、

 お茶出し一つも様になってたし、

 夕方でも化粧崩れしてるの

 見たことないし」


「ほんとそれ!

 今あんなに綺麗ってことは、

 いつも薄化粧っていうか、

 ほぼしてなかったんじゃない?」


「そうかも。やっぱり、

 美人って元が違うんだね。

 あれでほぼノーメイクとか、

 めっちゃ美形だし。

 会社の男共もあっちの方で

 後悔してるだろうね~

『こんな美人なら……』とか言って」


「マジそれでしょww

 でも、いいなぁ。

 あんないいデザインの

 ドレス着て、式挙げて」



 彼女たちが

 そういうのも無理はない。


 このお披露宴用のドレスは

 人気デザイナーの手作りで

 芸術的妖艶さを持つが、

 着る相手を選ぶと言われ、

 おまけにオーダーメイドではないのに

 価格はべらぼうに高い。

 それほどに希少価値故に、

 彼女のデザインした

 ドレスを着れた人は

 幸せになれるなどと

 噂されているそう。



 何故そんな貴重な物を

 着れることになったかはさておき、

 雪さんが今着用しているのは、


「マーメイド・ブルー」

 と名付けられた

 人魚姫をモチーフにした

 グラデーションに

 引き込まれる青いドレスだ。


 マーメイドドレスは

 腰のくびれと臀部を強調する

 曲線が特徴的で、裾も長いが、

 彼女のそれには

 太腿が見えるまでの

 スリットが入っており、

 生唾を呑み込む

 艶めかしさがある。


 加えて、

 長袖丈のシースルーと呼ばれる

 透け素材でうっすら見える白く、

 滑らかな肌は儚さ

 ――恋に破れた

 人魚姫の悲恋を思わせた。



「おまけにあんな

 年下の可愛い子捕まえて

 ……世の中

 やっぱり顔なのかしら」



 それまでは優越感混じりに

 軽く聞き流していたけれど、

 偽の結婚式を実行するほど

 面の皮が厚い僕とは言え、

 流石に

「あんな年下の可愛い子」には

 冷や汗を掻いた。


 それは雪さんも

 同様だったらしく、

 腕がビクビクッと震え、

 僕の腕を掴む力が

 一層強くなったのだった。


 その周囲で彼女たちの

 話を聞いていた

 事情を知るサクラさんたちも、

 これには肝を冷やさずには

 いられなかったに違いない。 



 華々しく入場した

 僕らが着席すると、

 披露宴の開始を告げる

 メロディが流れた。


 参列者を確認し終えた

 櫛名田さんは僕らの脇に立ち、

 スタンドマイクの電源を入れる。 



「えー……

 本日は皆様お忙しい中、

 ご足労いただき、

 誠にありがとうございます。


 司会進行はわたくし、

 櫛名田曜が

 行わせていただきます。

 どうぞ、

 よろしくお願い致します」



 丁寧な辞儀に、

 会場のあちらこちらから

 パラパラとやる気ない拍手が起こる。


 結婚式の開始時刻自体は

 午前十時。

 教会での式を終えて、

 とうに十一時は過ぎた。

 結婚式のために

 身なりを整えたり、

 遠出をしたりして、

 みんな早起きしていることだろう。

 普段よりも空腹を感じるのが

 早いに違いない。

 人間、空腹時の方が

 本能的になると言うし、

 このあとどうなることやら。


 櫛名田さんにスポットライトが

 当たっているのをいいことに、

 僕は密かににやついた。



「では次に、お食事について

 説明させて

 いただきたいと思います」



 彼女がそう言ったのを皮切りに、

 会場の雰囲気はグッと明るくなる。

 獲物(食物)を見つけた

 ハイエナのように

 爛々とぎらつく目線でだが。

 しかし食事の形式は

 簡単なコースを選んであるが、

 量は腹三分目程度。

 絶対にこれだけでは

 足りない量にしてある。



「今回、新郎新婦様からの

 ご要望により、コース形式を

 取らせていただきました。


 前菜、メインディッシュ、

 デザートと種類は

 あまり多くはありませんが、

 当式場専属元ホテルシェフの料理長と

 国内コンクール受賞経験のある

 新進気鋭のパティシエが

 腕によりをかけて作る

 品々をどうぞ、ご堪能くださいませ」



 そう述べた彼女がチリリンと

 ベルを鳴らしたのを合図に、

 僕らから向かって左手の扉が開き、

 数人のスタッフが

 銀台車と共にやってきた。


 銀台車の上には、

 料亭さながらの趣向を

 凝らした一品が

 整然と陳列されている。 

 それを素早くスタッフが

 各テーブルに配置しだし、

 僕らのテーブルにも

 やってきたところで

 再度櫛名田さんが喋り始める。



「まず、前菜は

 野菜の旨みと肉の旨みを

 同時に味わえる

 折衷テリーヌでございます。


 美と健康に気を遣いたい女性にも、

 肉の重厚感を味わいたい男性にも

 満足いただけると思います。


 どうぞ、ひんやりと

 冷たいテリーヌを

 お召し上がりください」


 三品中の一品にしては

 えらく量が少ないが、

 涼やかな水色の

 ガラス皿に盛られた

 正方形のテリーヌは食欲をそそった。


 琥珀色のゼリーを外周に、

 内へと進むごとに

 薄ピンク色の霜降り肉、

 中心部には

 人参やブロッコリー、

 パプリカなど

 彩り豊かな野菜が

 ぎっしりと詰め込まれている。


 用意されていたナイフと

 フォークで切り分け、口元へと運ぶ。



「ん……何これ、

 ほろ、ける…………」



 舌に触れて融けてしまった

 琥珀色のゼリーはしかし、

 口腔上を揺蕩い、

 噛んで爆ぜた野菜のエキスと

 肉汁をほんわり抱擁した。


 蕩けるよりも

 とろとろと肌を滑るそれのお陰で、

 肉と野菜の純潔が喧嘩し合わずに

 上手く調和している。


 テリーヌがよく冷やされていたのは、

 限界までゆる~く固められたそれが、

 口の中で

 融け出させるためだったのだ。


「ていうか、

 これ、煮こごり……?」


 ちらりと櫛名田さんの方に

 目を向けると、

 おめめぱっち~んの笑顔で

 親指をグッと突き上げられた。

 どうやら正解らしい。


 しかし、このテリーヌ、 

 他にも何かあるような……

 ともう一口入れて、

 今度は食感を深く味わうことに。

 舌と歯に神経を尖らせ、

 中央部にあるそれに気付いた。

 これ、百合根だ。


 ほんのりと香る程度の甘みに

 ほっくりねっとりとした

 上品な食感。


 これがしゃきしゃきの野菜と

 濃厚な脂身ある肉を

 上手く繋いでいたようだ。

 それにしても和洋折衷な。


 一口、二口と食べ進めて

 もうなくなってしまった

 テリーヌを恋しく思いながら、

 隣に首を向けてみる。


 すると、お姉さんは一口を僕よりも

 小さく切り分けて、

 親指大になったテリーヌに

 顔を蕩けさせていた。

「んん~……」と漏らした

 声の扇情さと言ったら。


 食欲と肉欲(性欲)は

 密接的な関係にあるというのを

 聞いたことがあったが、

 これほど実感したことはない。


 それぞれ参加客が

 テリーヌの美味しさに

 舌鼓を打ち始めたのを

 確認したところで、

 櫛名田さんが再びマイクを手にした。



「これからメインディッシュの

 白身魚のポワレや

 デザートの〝林檎〟が

 運ばれてきますので、

 どうぞそちらもお召し上がりくださいね」 



 会場のあちらこちらから

 大きめの拍手が起こる。


 量は少ないが、

 思っていた以上の味に

 期待を覚えたのだろう。



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