どうかなされたのですか?


 数日後の午後。


 本屋へ通うことも

 習慣となりつつある今日この頃。


 例に倣って、出掛けようと

 靴に足を入れたときだった。



「……あの、

 今日もお出掛けですか?」



 エプロン姿の雪さんがやってきて、

 玄関で外履きに履き替える

 僕にそう声を掛けてきた。



 白いブラウスの上から

 黒いエプロンを

 身に着けているせいで

 バストが強調され、

 より形が浮き出された美乳に、

 正直目のやり場に困った。



「あ、は、はい!

 ちょっと、

 調べ事があるので……」



「そう、ですか……

 少し――」



 彼女が何かぼそりと

 呟いたような気がしたのに、

 緊張のせいで

 何も聞き取れなかった。



 ううううう、

 うわぁぁぁぁぁ……

 乳乳乳乳乳!!!!



 僕は内心、

 いつも通りの態度を

 取れているか

 気掛かりでなかった。


(下心ではないと思いたい)


 悟られまいと思うほどに

 鼓動が高鳴るせいで、

 ほんのり頬も赤くなっていく。



「それはよろしいのですが、

 梅雨ですから突然の雨に

 たたられることもあるので

 ……お出掛けには

 傘を持ってお出掛けください。


 それと、

 お気を付けください」



 そっと傘立ての傘を

 雪生に手渡す雪さん。


 彼女のほっそりとして

 白い指が触れる。


 けれど、思っていたほど

 柔らかくなく、

 それどころか乾燥していて、

 所々指先に切り傷さえあった。



 健気だけど、

 切なく思えたのは

 恋心故なんだろうか。



 それにしても、

 まるで新妻が夫の

 見送りをするような言葉に

 僕は萌えに悶えた。


 ときめきと気恥ずかしさが

 中から溢れ出しそうになった

 僕は靴紐を結び直す振りをして、

 あからさまに彼女から目を逸らす。



「じゃ、じゃあ

 遅くなるといけないし、

 そろそろ行ってきますね!!」



 動揺が態度に

 現れていたんだろうか。


 その後暫く彼女の返答がなく、

 不思議に思っていると

 不意に服の裾を摘ままれて、



「……………………どうか、

 なさいましたか?」 



 と訝しかって、

 雪は首を傾げている。


 女の勘は男とは

 比にならないというが、

 それにしても

 末恐ろしい精度である。


 ていうか、エロい。

 可愛いよりもエロス。


 ダッテ、屈んだせいで

 開襟のブラウスから

 谷間がチラ見え

 しちゃってるンダモン。



 このままじゃ、

 バレちゃうよ……!!


 何とは言わないけども。



「そ、そろそろ行かなきゃ

 遅れちゃうから、

 ごめんなさい。

 行ってきます」



 と僕は自分の欲望と

 お姉さんを振り切って、

 家を飛び出した。

 なんとか誤魔化せただろう。




 でも。




 と僕は立ち止まる。


 それは降り出した雨水が、

 鼻先に当たったからかもしれない。


 お姉さんから出掛けに

 持たされた傘を開いて、

 そっと目を瞑って考えてみる。



 こんなぎこちない生活、

 いつまで保つんだろう。


 本当に、

 家族になって貰うのなら、

 こんな態度じゃいけない。


 もっと自然体で

 接しなくちゃいけないのも

 分かっている。


 好意がバレるのだって

 時間の問題だ。



 ……もし、

 好きだって気付かれたら、

 それでもお姉さんは

 僕と一緒に

 暮らしてくれるのかな?

 家族になって――、


 分かり切った答えに、

 僕は駆けだした。


 今束の間でも

 脳裏を掠めたその言葉を、

 現実だと認めたくなくて。




『家族になんて、

 なってくれるわけがない』



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