二章【始めは処女の如く後は脱兎の如し】
有頂天ならずとも、浮き足立つ
「どうしたら、
彼女は僕を好きに――、
このままいられるのかなぁ……」
元の自室を雪さんに分け与えたため、
今では自室兼寝室となった
自分のベッドの上で
うつ伏せになりながら、
そう独りごちる。
時刻は丑三つ時。
僕はある計画を立てていた。
「やっぱり……一番は、
人間的に
好かれることからだよね!」
そう意気込む僕の手元には
使い込まれたスマホがある。
スマホ画面には、
【意中の女性に
好意を持たれる3の方法】
【女性はこれで落とせる!!!】
【女性にアプローチするために
必要な三段階女性心理】
など、
怪しげなまとめサイトがずらり。
今のこれを誰かに見られたら、
僕の心情がもろバレだ。
だって僕は……
「お姉さんのことを、
好きになっちゃったから」
昨日の一件がきっかけとなり、
彼女への好意が
恋心に進展してしまっていた。
ぽつりと呟いた二言さえ、
気恥ずかしく
感じるほど愛しくて。
お姉さんを見つけた瞬間から
恋に落ちていたん
じゃないかと思うほど、
僕の心は彼女に向いている。
「えーっと次は、
〝身だしなみ〟
〝女性〟〝好かれる〟
で検索かけよ」
と真剣な手付きで
スマホ画面を連打しては、
その検索結果に
目を皿のようにして
女性の攻略法を熟読する
DCの姿というのは
なかなかにシュールなんだろう。
しかも既にスマホで
ネットサーフィンすること
早二時間が経過している。
驚くべき集中力ではあるが、
夜半に意中の女性を
手に入れる方法を収集して、
口元を緩ませているのを
想像してみると、
自分でも鳥肌が立つくらい
気持ちの悪いものだった。
それを揶揄するかのような
一文が目に留まり、僕はつい、
「――なお、引きこもりや
ニートなどの男性は
以上の項目に該当していようと、
多くの場合は恋愛対象どころか
論外である!??
ふざけんなよ、このライター
……僕だって好きで
引きこもりDCに
なったわけじゃないんだよー!」
怒り任せに枕を床に投げつけるが、
中身の詰まったそれは
さほど浮遊することもなく、
べしゃんと床へ沈む。
(何やってんだろ、僕。
こんなの、
ただの八つ当たりじゃん……)
自分が馬鹿なことをしてると
冷静になれた僕は改めて、
ネット記事の一文を読み返してみる。
「そうだよね、
そりゃあいくらでも
素敵な人はいるんだよ。
そんな中、
わざわざ好き好んで
引きこもりの
DCを選ぶわけないよね」
もし自分が選ぶ側なら、
引きこもりの女の人は嫌だし。
と自身を棚に上げた感想を抱いた。
どんなに人が良くても、
たったひとつの欠点が
受け容れられなければ、
その時点で「ナシ」なのだ。
訳あり品だって、
その訳が受け容れられる
程度だから買われるだけ。
変わらなきゃ。
パチンッ、
と両頬を引っぱたく。
スクリーンショット保存した
スマホの写真に目を落とし、
検索エンジンに
文字を入力しようとしたが、
「いや、やめよう。
こういうところから、だよね。
これは明日買いに出よう」
そう呟いてスマホの画面を落とす。
液晶画面には
【男性諸君よ、
モテたくば女心を押さえよ】
という書籍の
画像が表示されていた……。
翌日。
決心したはいいものの、
夜更かしをした僕は
午前中には起床できなかった。
結局本の買い出しに出掛けたのは、
昼食を摂り、
しっかり覚醒した
午後五時頃だった。
とは言え、
我ながらその後の行動力は
素晴らしかった。
出掛ける癖をつけるため
毎日近所の本屋に通っては
恋愛指南書を買い、
家の自室で
ひっそりと勉強をし始めた。
女心を学ぶうち、
恋の仕方というものを
知っていくうちに、
だんだんと僕は
雪と顔を合わせるのが
気恥ずかしくなった。
彼女を見つめるうちに、
己の恋心が悟られてしまうのでは?
――それなら告白する
手間も省けて
丁度いいじゃないか、
などと考える僕はいない。
女性は、
好きでもない相手からの
好意や視線に気付くと、
喜びよりも恐怖を感じると
恋愛心理学の本に記載されていた。
すなわち、女性側が
好意を持っていない時点で、
己の好意を悟られることは
恋において、「死」を意味する。
女心を掴むには手間暇を惜しまず、
優しく接し、
時に強引な言動を取ること。
色々なハウツーが脳内を駆け巡り、
普通の態度も取れないと
思われたのもあっただろう。
けれどそれ以上に大きかったのは、
それほどの手間を惜しんでも
雪さんと一緒にいたいと
思ってしまったこの執着心を
見透かされないためだった。
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