謂われのないことだよ(2)

「マジキモいっっっっ!!!!


 ……あたしが、

 そんな奴を好きとかあり得ないし、

 好きとかそういうの気持ち悪い。


 消えて欲しい…………だから、

 鬱陶しかったから利用したの。

 それがどうかした?」



 切れた雛鶴は反省の色も見せず、

 すっかり開き直る始末だ。


 雪生は裏切られていた

 ショックよりも

 怒りを先に覚えた。



 そこでふと、

 罠にかかったと言わんばかりに

 雪がほくそ笑んだ。



「……そうですよねぇ。

 あなたは……

 利用したのですよねぇ。

 雪生くんの好意を」


「それが何よ。

 別にあんたには

 迷惑かけてないじゃない。

 関係ないでしょ」


「関係はなくとも、

 あなたが許されざれることを

 したことに

 変わりはありませんよ。


 鈍いようですので、

 ご無礼を承知で

 申し上げますね。


 ――被害者ぶるのも

 大概にしなさいね、小娘」



 丁寧な言葉遣いとは

 裏腹に醸し出される殺気。


 目が合っただけで

 相手を射殺す視線は、

 雛鶴を怖じ気づかせた。



 けれど、背後から感じる

 雪生の視線を察したらしい

 彼女は寸分前の空気を

 誤魔化すように咳払いをし、

 平生の顔付きに戻っていた。



「勿論、利用したというからには、

 あなたが望んで

 こんなことを企てた

 わけではないのでしょう。


 女子からの嫌がらせでしょうか。


 とは言え、

 それと雪生くんを

 犯人に仕立て上げてしまうのは

 全く別の問題ですよね。


 わたしがこうも

 あなたを

 断罪するのはそれなのです」



 彼女の憶測に水を差すこともなく、

 殊勝にも雛鶴は

 黙然と立ち尽くしている。


 それだけで、

 雪の憶測がある程度は

 事実であることを意味した。



「あなたがもし真実を叫び、

 彼に求めたのが

〝罪を庇うこと〟ではなく、

〝信じること〟だったなら、

 あなたもただの

 被害者になれましたのに。


 そうはせず、

 他人を犠牲にして

 保身に走ったあなたは、

 ただの、加害者ですよ。


 同情の余地はありません」



 確かにそうだと

 雪生は心の中で賛同した。



 もし、雪生を犯人扱いせずに、

 ありのまま主張していたら

 助けていたかもしれない。

 同情だってしただろう。


 しかし現実は違う。


 彼女は自らの意思で

 雪生を生贄に選んだのだ。



 その時点でもう彼女は

 被害者でも何でも

 なくなってしまっている。



 それを雪が断言してくれた

 お陰で憑き物が落ちたみたいに、

 雪生の闇は、痛みは雪がれてた。



「そんなあなたを

 庇うわけがないでしょう?


 ましてや好きで

 い続けられるわけがありません。

 ですが、おかしな話ですよね。


〝好き〟が気色悪いと

 切り捨てたあなたが、

 雪生くんの恋心を

 信じ続けているだなんて。


 つまりあなたは

 愛を疎みながらも、

 期待していたのですよね?


 純粋にただ一人を

 想い続ける心を……。



 けれど、雛鶴えりなさん。

 裏切ったのは

 あなたの方だということを、

 お忘れ無きように」



 やけに暗喩的な言葉選びは、

 掛詞のように

 二重の意味があるように

 思われたが、

 雪生にそれを推測することは

 できなかった。


 それを推理するには

 あまりに情報が欠如している。



 一方雛鶴の方はと言うと、

 ぐうの音も捻り出せないようで

 静かに俯いて、

 悔しそうに歯噛みしていた。


 その顔からは、

 他人の雪に公衆の面前で

 言い負かされただけではない、

 もっと別の感情が読み取れる。


 それは、遣る瀬なくて

 どうにもならないことを

 嘆き悲しむようだった。



(僕はこんな子のことが

 好きだったのか)



 何か、拠ん所ない事情を

 抱えているのは分かった。


 女子に嫌がらせを受けていた

 らしいことも分かった。



 けれどだからと言って、

 全てが許せるわけではない。


 ただ、今はっきりと

 彼女を嫌いになれた。

 それだけあれば救いだ。



 そうして、急に何もかも

 吹っ切れてしまえた

 雪生はゆっくりと、

 雛鶴に近付いた。



「雛鶴さん」



 冤罪を自供してしまった

 雛鶴は雪生に怯え、

 ビクッと肩を震わせる。



「……な、なによ」



 色々を鑑みて、

 雪生は雪の嘘に乗っかることに。



「君を好きになったのは

 気の迷いだって気付けたお陰で、

 彼女と出逢えたよ。


 君が…………人の好意(恋心)を

 弄ぶ人間のクズじゃなかったら、

 彼女の優しさには

 気付けてなかった。


 嫌なことがあっても

 周りに八つ当たりしないひとの

 偉大さが分かったよ、

 本当にありがとう!!」



 雪生は雨上がりの空に

 虹を見つけたような

 心持ちでそう告げた。



 色々伝えたいこともあった。

 問い詰めたいこともあった。


 けれど、地面に

 崩れ落ちている彼女を見たら

 それで満足になった。



 雪生は再び雛鶴に背を向けると、

 雪の手を取り、

 踵を返そうとする。


 しかし、あることを思い出して、

 くるりと翻った。



「あとね言い忘れてたことが

 あったんだけど……、


 僕にはこーんなに

 綺麗な彼女がいるからね、

 君を〝襲う〟必要がないんだ。

 ごめんね?」



 そう言い捨てると、

 二人は雛鶴の反応を

 確認する間もなく駆けだした。



 今さら過去を

 変えられないことは

 分かっている。


 でも、腹の虫は収まらない。


 なら、憂さ晴らしに、

 プチ復讐をするだけだろう。



 陥れた相手が、

 倖せになったというささやかで、

 最も相手が厭(いと)うことを。



 その後二人の

 信頼関係が厚くなったのは

 言うまでもないことだ。


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