謂われのないことだよ


 朝日ヶ丘中学の正門前は、

 ある二人の一挙一動を

 逃さないために

 静まり返っていた。



「ち、違うし、

 何言ってんのおばさん。

 本当にそいつがあたしの……」



 ようやく我に返ったらしい

 雛鶴はやっとの思いで

 それだけを絞り出すが、

 図星だということは

 周囲の誰にも

 ――かつては騙されていた

 雪生にさえ、分かることだった。


 ふぅ、と雪が溜息を零す。 



「そもそもの話ですけれど、

 年上の彼女がいながら、

 あなたのように

 棒きれのような女子を

 襲いたくなるものでしょうかね……」



 周囲にいた男子生徒たちは

 雪と雛鶴を視線で行き来した後、

 露骨にうーんと首を傾げ、

 顔を顰めた。


 その仕草に察してしまった

 雛鶴は顔に色を成す。



「何が言いたいわけ!?


 言っとくけど、

 あたしあんたよりも若くて

 肌とかピッチピチなの!


 あんたみたいな

 おばさんになると、

 化粧で粗隠さないと外にも

 出られないんだろうけどね」



 嫌味を言われて切れる雛鶴に対して、

 嫌味を返された雪は

 それをもろともせず、

 幼児がすることを見守るかのような

 目で見守るだけだった。



「そうですねえ……

 大抵の男性は女性の胸が好きですし、

 あれば尚よし、

 なくても揉めたらいいやと

 思っている方が

 多いのではないでしょうか。


 しかも思春期の男子ともなれば、

 女子の胸に対する理想は

 夢は大きいことでしょう。


 けれど、

 思春期の女子というのは

 かなり扱いにくいものでして、

 誘いを断ってしまったり、

 流してしまおうものなら、

 その気になった翌日だろうと

 一時間後だろうと

 二分後だろうと拒むことでしょう。


 思春期のときは、

 誘いを断られただけで全て萎えて、

 嫌になってしまいますが、

 ある程度大人になってくると、

 そんな我が儘をしていては

 もっと若い子に

 乗り換えられてしまう

 という焦りからか、

 性に積極的になってくるのです……。



 あぁ話が長くなりましたね。

 わたしが何を言いたいか

 と言いますと、


 面はいいけれど

 ちっとも可愛げの無い

 身体が未発達な女子(中学生)と

 年は食っていても

 素直で肉付きのいい

 アラサー女性のどちらを

 抱きたくなるかという話です。



 勿論、交際している彼女が

 好きにさせてくれるなら、

 良識ある男性は

 彼女だけでしょうし、

 それでなくとも、

 性的に子ども体型の女子に

 欲情するのは

 ごく僅かでしょうね」



 雪はそう言い終えると、

 雛鶴のつるりと平らな胸から

 膨らみがちな腹部に

 慈しみの眼差しを向けた。


 周囲の男子は雪に賛同したり、

 女子は気まずそうに

 女子同士で会話を始めたりと

 騒がしくなり出す。



「あんた……ほんと、

 マジでなんなの??

 他人のくせして、

 失礼すぎでしょ!!!」



 雛鶴の発言で

 雪から笑顔が消える。


 表情筋さえ

 なくなってしまったかのように

 無表情になった。


 あまりの変わりように、

 周囲は口を

 閉ざしてしまうほどだった。


 逆鱗に触れてはいけないと、

 察したのだろう。



「……………………その言い方ですと、

 知人ならば暴言や罵詈雑言も

 吐いていいということになりますね。

 何を、

 仰っているのでしょうか」


「は? 意味分かんないんだけど。

 今そんな話してないじゃん。

 さっきから話逸らしてばっかで

 マジ、何が言いたいわけ??

 あんた、

 コミュ障なんじゃないの?」



 けれど、雛鶴には

 彼女の怒気が分からなかったのか、

 敢えてなのか、

 嘲りと挑発で返した。


 すると、雪は一切表情を変えずに

 溜息だけ吐いて、



「わたしは初めに

 お伝えしているはずですよ? 


 年上の(触れる)彼女がいるのに、

 貧相な体つきで

 性格もお世辞にもよいとは言えない

 あなたのような女を襲うなんて、

 あり得るでしょうか、と。


 常識的に考えてあり得ないのでは?


 と、言いますか……

 わたしはこうとさえ

 考えているのですよ。


 ――むしろ、

 本当は主人公のことが好きで、

 振られた報復に

 こんなことをしたのでは、と」



 再び飛び交う推測や憶測の声、

 後に雛鶴の叫声が

 そこら一帯に響き渡った。


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