あなたが醜いのは、


 放課後の午後三時半過ぎ。


 雨は降っていなくとも、

 梅雨特有のべたっとした

 不快感がそこらを漂う。


 正門前には、

 春には立ち止まるほどに

 美しい桜を咲かせる

 立派な大木が腕を広げているが、

 この粘るような暑さのためか、

 ぐったりしているようだ。


 生徒たちも続く雨のせいで

 出不精になるらしいが、

 今日の朝日ヶ丘中学校門前には

 人だかりができており、

 やや活気づいていた。



「いやっいやだ、離してっ!!

 今さら雛鶴さんに

 会ったところで、

 何にもならない!!」 


「そんなことありません!!」



 雪生はあの後、

 強引に雪に引き摺られるようにして

 自身の通う中学まで

 連れて来られていた。


 だが、未だに

 あの事件を解決できていない

 雪生にとって、

 それはトラウマ以外の何物でもなく、

 我を忘れたように取り乱し、 

 学校に背を向けて抵抗しているのだ。


 それを雪が必死に引き留め、

 過去と向き合わせよう

 としているのだが、

 周囲からしてみれば、

 成人女性が男子中学生に

 何かを無理強いしている構図となり、

 好奇の的となってしまっている。



「そうに決まってる!!


 今さら何をしたって、弁明したって、

 ただ僕が貶められるだけ、

 雛鶴さんに気持ち悪いって拒絶されて

 ……僕が〝犯罪者〟

 呼ばわりされるだけだよ」


「そんなこと、絶対にさせません。

 わたしを、信じてください」



 雪はそれまでの拘束を解いて、

 雪生の両手をきゅっと包み込んだ。



「雪さん…………

 そうは言ってもやっぱり、

 僕の鞄から現物が出てきた

 事実を覆せない限りは

 雛鶴さんだって、

 僕が犯人じゃないだなんて

 信じてくれませんよ」



 依然として校舎に

 背を向けたままの雪生に対し、

 雪は何か面白いものでも

 見つけたように

 ふふふと含み笑いを浮かべる。



「さぁ、

 ……それはどうでしょうか?」



 カッシャン、と地面に

 何かが落下する音が響く。


 落下音と

 その後の摩擦音から察するに、

 落としたのは

 おそらくスマホだろう。



(今の落とし方は……

 かなり動揺してたな。

 ていうか、驚いてた?)



 一体どうしたのかと

 音のした方に雪生は首を向けた。


 するとそこには、

 因縁の雛鶴えりなが立っていた。


 編み込まれた前髪と

 緩くかかったウェーブの髪、

 既に出来上がっている顔立ちが

 年以上の大人びた雰囲気を醸している。


 が、小学生のような幼児体型

 とはアンバランスである。



「……うそ、でしょ?

 ……んで、なんであんたが…………」



 彼女は雪生を見るなり

 激しく動揺したようで、

 スマホを落としたことにも

 気付いていない。

 それどころか顔面蒼白だった。


 しかし、

 雪生の方も無事ではなかった。



「ひ、雛鶴さん……!!

 僕じゃない、僕じゃない、

 僕じゃないよぉぉ…………」



 彼女を視界に捉えた瞬間から

 足の震えが止まらなくなり、

 脳内であの日の

「気色悪い」と「キモい」が

 脳内で勝手に再生される。


 自分というものが、

 少しずつ壊れていく……、



 そんな中、

 雪だけは凛としていた。


 雛鶴の方ににこりと会釈すると、

 慰めるように繋いでいた

 手を離して彼女の方へと

 すたすた歩み寄っていく。



 そして今もなお、

 雪生を力なく見つめる

 雛鶴の前に立ちはだかり、



「――あなたが、

 わたしの彼氏に襲われただとか、

 言い掛かりをつけた人でしょうか」


 と宣戦布告した。



 昼ドラチックの急展開に

 周囲は騒ぎ出すが、

 雪は気にも留めず、

 矢継ぎ早に言葉を重ねる。



「それって、あなたの自作自演

 ……言わば狂言を

 誤魔化すための

 嘘、ですよ、ね?」



 悪事も何もかもを

 水に流してくれるような雨は、

 まだ降り出さない。



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