知られたくなかったのに


 散々やり返しとばかりに

 振り回してくれた雪だったが、

 急を要する

 生活必需品を揃えた午後一時半頃。



「そろそろ休憩しましょうか」



 と喫茶店に入ることを勧めてきて、

 ようやく元の彼女に戻ったな

 と安堵する雪生だった。 



 二人が入ったその店は、

 駅ビルのレディース

 ファッションフロアに

 位置していたためか、

 かなり女性客の比率が高かったが、

 気疲れと自ら名乗り出た荷物持ちで

 若干疲弊していた彼には

 それでも有り難いくらいだった。



「いらっしゃいませー。

 何名様でしょうか?」


「二人です」



 慣れない場所に緊張する

 雪生の代わりに、

 彼女がそつなく応対し、

 席へ案内されると

 存外中はシンプルなものだった。



 木目調の天井や床に、

 白いクロスだけの壁。


 テーブルや椅子も

 暖色系の茶色っぽい木製だ。


 窓辺やカウンターには

 蔦(つた)を模した

 造花が施されていたり、

 ガラス製の

 ドリンクサーバーが

 置いてあるくらいで、

 華美なフロアに萎縮していた

 雪生も気を休められた。



「ご注文が

 お決まりになられましたら、

 そちらのベルでお呼びください」



 一礼して、店員は去って行った。



「思ったよりも、落ち着けますね。

 ここ」


「ふふ。このフロア、

 若い女の子用って感じですものね。

 わたしでも気後れしましたし、

 雪生くんならよりそうですよね」



 彼女は緊張しっぱなしで

 ろくにエスコートもできなかった

 彼を責めることもなく、

 メニューを開いて、

「このケーキ、とっても

 美味しそうではありませんか?」

 と笑いかけた。



 その笑顔に釣られて

 メニューを覗き込んでみると、

 ドルチェのティーセット

 というのがあった。


 二人分で紅茶やコーヒー、

 自家製のフレッシュジュースも

 飲み放題という。


 女性にはたまらないメニューだろう。



 実際彼女もそのメニューに釘付けだ。



「これ、頼みませんか?」



 雪生が提案してみると、

 瞬時に目をぱぁぁっと輝かせた。


 しかし、彼が甘いものが苦手なのに

 無理してるのかもしれない

 とでも思ったらしい彼女は、

 控えめに、



「甘いものばかりですが、

 いいのですか?」


「いいも何も、

 僕が美味しそうだなぁって

 思ったから言ったんですよ。

 ……それとも、

 雪さんは甘いもの、

 好きじゃないんですか?」



 意地悪に問い返すと、

 彼女はとんでもないと

 両手をぶんぶん振った。


「じゃあ、頼みましょうか。

 ――すみませーん!」



 店員に注文してから

 雪との歓談で暇を潰していると、

 十五分ほどで

 注文した品がやって来た。


 ドルチェはワンプレートに

 二人分乗せられており、

 全部で四品あった。



「本日のドルチェは、

 焼きたてのカヌレ、

 ガトーショコラ、

 クレームブリュレに、

 オレンジチョコレートの

 パンナコッタでございます。


 お飲み物は

 セルフサービスですので、

 お好きなだけお使いください。


 それでは、ごゆっくり」



 店員が一礼して席を離れると、

 彼女は興奮を抑えきれないと

 感嘆の音を漏らした。



「んん~香ばしくて、

 いい香りですね!」


「ホントそうですね。

 どれも美味しそうですが、

 特にこのカヌレっていうやつの

 バターの匂いを嗅いでいたら、

 涎が落ちそうで……」


「雪生くんもですか?

 実はわたしもで。

 では、冷めないうちに

 早速いただきましょうか?」



 そうしましょうと返して、

 二人は焼きたてほやほやの

 カヌレに手を付けた。


 カヌレは細かい溝の入った

 プリンのような形をしていて、

 茶色い。



 彼女曰く、カヌレは

 蜜蝋(みつろう)を

 使用しているらしい。


 また、カヌレというのは

 溝のついたという

 意味であるという。


(それはともかくして……)



 カリッ



 口の中で

 小気味いい音が響いた。


 さらにもう一口と

 頬張ってみると、

 今度はむっちりとした食感と

 プリンのような

 カスタードの風味が

 口いっぱいに広がる。


 表面の方はカリッとしているのに、

 中はねっとりとも

 もっちりとも違う、

 むっちりと重めの食感。 



 これは食べたことがない食感だと、

 夢中で貪(むさぼ)った。



 すると、一分と経たないうちに

 カヌレは雪生の

 胃の中に全て収まっていた。



「はぁ~めっちゃ美味しかった……」



(こんながっついてる姿見て、

 幻滅されちゃったかな)



 と正面の雪に目を遣ると、

 彼女は雪生には目もくれず、

 手中のカヌレを大事そうに

 ちびちびと囓っていた。


 しかも一口

 食べるごとに口元を緩ませ、

 至福の笑みを浮かべるのである。


 可愛くないわけがない。



 早く他の菓子も食べてしまいたい

 欲望はあったが、

 せめて彼女がカヌレを

 食べ終わるまでだけでも

 眺めていたかった。


 小動物を愛でるような感覚で

 雪を観察すること二分。


 ようやくカヌレを食べ終えた

 彼女が雪生の視線に気付いた。



「ふぁっ!??


 ゆ、雪生くん、

 いつからそうして

 いられたのですか……?」


「んー? 雪さんが倖せそうに

 カヌレ頬張ってるときからかなぁ」


「そ、それ、

 結構前からじゃありませんか。

 黙って見てないで、

 声掛けてください……」



 と涙目で

 睨んでくる彼女だったが、

 その様すらいじらしくて

 つい雪生も笑みが零れる。



「いやだって、

 雪さんの倖せそうな顔

 崩したくなかったですし、

 それに僕も雪さんの

 そんな顔見てたらなんとなく、

 嬉しい気になれたので」


「そ、そうなのですね……」



 雪生は相変わらず思ったことを

 率直に言ってしまうので、

 恥ずかしい言葉もさらり。


 彼女もたじたじだった。



「じゃあ次は何食べます?


 あ、そうだせっかくなら、

 あーんとかしちゃいません?


 なんて言ったって、

 制服デートですからね」



 カップル定番の「あーん」を

 提示されてさらに赤くなる雪に、

 雪生も口が綻んでしまっていた、

 そんなときだった。


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