それでは漸く(2)

「…………あの、わたし、実は、

 やってみたいことがありまして」


「ん? なんですか?

 どうぞ、

 言ってみてください。


 僕に出来ることなら、

 なんでもしますよ」



 雪生は己が軽佻浮薄であることを

 あまり理解していない。


 というよりは、

 その重大性を理解していない

 といった方がいいところだろうか。


 それ故に、彼は失態を繰り返す。



「では、そのぉ…………

〝制服デート〟が

 してみたかったんです」


「っへ??」



 雪生の中の時が一時停止する。


(制服、デート……?

 僕と、お姉さんが??)



 彼の頭は、

 唐突で突飛な話についていけず、

 事を理解するのに

 少々時間を要していた。



「で、ですからぁ……その、せ」



 聞こえていないと思ったらしく、

 彼女はりんご飴のように

 火照らせながらも、

 復唱しようとしていた。



「い、いやっいいよ、いいです!

 ちゃんと

 聴き取れてましたから!!」



 両手をわちゃわちゃと暴れさせ、

 懸命に彼女の

 二の句を継がせなかった。



「で、ではその……

 よろしいのですか?」



 彼女の瞳に

 淡い期待の色が浮かぶ。


 心なしか頬も赤らみ、

 ゆらりと光の差す瞳が見つめる様は

 おねだりされているようだった。



「えっと、それはそのー

 ……二人でどこかに出掛ける、

 ということですかね?」



 雪生が分かり切った質問をしたのは、

 雪は真面目な人だから

 おかしなことを言うはずがない

 という推測と、

 彼女はお淑やかな女性だから

 コスプレでデートしたいだなんて

 言い出さないだろうという

 希望的観測から……

 というわけではない。



「ええ。恥ずかしながら、

 学生時代にそういう経験が

 一度も無いまま

 大人になってしまったので、

 青春に対する憧れが

 今もありまして。


 制服姿でデートできたら、

 青春時代をやり直せるような

 気がするのです」



 そう語らう彼女は、

 さながら恋に恋する

 乙女のようであった。


 年をいくら重ねても、

 こういうことを話すときの

 女性というのは

 可愛らしくなるものだ。



「ええーと、ですねぇ……」



 大抵の男子諸君であれば、

 年上の綺麗なお姉さんから

(制服デートとは言え)

 デートに誘われれば、

 反射的に

 二つ返事で快諾するだろう。


 しかし、

 雪生は渋っていた。



(だって、あんまり

 家から出たくないしなぁ……

 外に出ると面倒だし)



 家族捜しでの

 警察トラブルにより、

 雪生は懲りていた。


 それだけに、

 願望の家族(仮)を手に入れた

 今では、極力

 外に出たくなかった。



 まぁ、外出したくないのにも

 それなりの理由は

 あるのだけれども。



「やっぱりこんなお願い、

 聞いては

 いただけませんよね。


 不躾な申し出をしてしまい、

 申し訳ありません…………」



 と深々と頭を下げた。


 顔を上げた彼女が見せた

 表情と言ったら、

 捨て子のようで――、



「ぁああ!!!!

 分かりました!


 制服デートしますから、

 そんな顔しないでくださいっ」



 途端に、彼女の顔が

 ぱぁぁっと明るくなる。


 陽の光みたいにキラキラと、

 けれど雨のように

 痛みを洗い流して――そう、

 雪(そそ)いでくれるような

 雪の笑顔だった。



「雪生くんとのデート、

 とても楽しみです!」



 あまりに彼女が

 上機嫌になるものだから、

 雪生は重い腰を上げて、

 今日の午後から

 二人で出掛けることにした。




 

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