もう、夜も遅いので(2)
五分後。
雪生は脱衣所から出るなり、
居間で落ち着きなく
そわそわしていた雪に
声を掛けた。
「あ、あのですね、
お姉さん……」
「お姉さんは
よしてくださいと
申し上げたはずです……」
おずおずと話を切り出す彼に、
彼女は自分の肩を
抱き寄せるようにして
目を伏せながら拒絶を示した。
話を聴く気がない
わけではないらしい。
「言い直します、そ、雪さん。
そのー……非常に言いづらい
ことなんですけれど、
家には客用布団というのを
置いていなくて……
なのでどうか今夜は、
僕のベッドで
寝て貰ってもいいですか?」
雪生はここに来て再度、
己の考え無しな
言動を反省していた。
客用布団はないが、
だからと言って
老婆の体臭が染み付いた布団で
寝かせるわけにはいかない。
自分が始めたことなのだから、
自分で責任は取らねばなるまい
と考えた上でのことだった。
「雪生くんがそう仰るのでしたら
お言葉に甘えさせて
いただこうとは思いますが……
そうしたらあなたはどちらで
就寝になられるのでしょう?」
やたらと他人に
気を遣う彼女の手前、
ないと答えるわけにも
いかないが……
「あぁ、はい、
今日は居間で寝るつもりです」
ばぁちゃんの布団で
寝るとは言えなかった。
というのも、
彼女はかなり変わった
趣向をしていて、
畳一枚の上に
せんべい布団のみで眠る。
しかもその掛け布団も
年中同じものを使い、
年季は二十年ものだという。
しかし……かなりのぼろだ。
到底客人に貸せる代物ではない。
それどころか、
家族である雪生でさえ
絶対に使いたくないのだ。
そんな裏事情は悟られてなるまい。
「い、いけません……
主を床に寝かせておきながら、
居候の分際で
布団で寝るわけには……」
しかし雪は別のことに
気を取られたらしく、
勘付かれる気配は全くない。
「気にしないでください。
雪さんは今日、
雨に打たれて
身体も弱ってるでしょうし、
しっかり身体を休めてあげないと」
「い、いえ、わたしは平気です。
他人様に迷惑を
おかけするくらいなら、
むしろわたしが床で……」
雪生なりに気を遣ったつもりが、
却って気を遣わせてしまい、
彼女自ら床で
寝ることを名乗り出る始末。
ループしている。
「そんなっ、雪さんは
しっかり休んでください。
女の人は
身体を大事にしないと……」
「いえ、それを言うなら
雪生くんの方が、
まだ育ち盛りの
中学生なんですから
睡眠は大切にしてください」
譲り合いの均衡状態が続き、
今さらに引くに引けなくなって
……悪循環に
なってしまっている。
このままでは
夜が明けてしまいそうだ。
「――じゃあもういっそ、
僕のベッドに二人で寝ますか?
……なんて」
他愛もない
軽いジョークのつもりだった……、
が。
「なるほど、
折衷案というわけですね。
この家の主である雪生くんに
せせこましい思いを
させてしまうのは恐縮ですが
……このままでは
お互い譲らないようですし、
そうすると致しましょう」
思い付きの発言だっただけに、
まさか雪から賛同が得られる
とは思いもしなかった
雪生は動揺を禁じ得なかった。
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