もう、夜も遅いので……


 夕食を済ませた雪は

 くつろぐこともなく、

 後片付けにかかろうとした。



 雪生は、

 して貰ってばかりでは

 申し訳ないと

 後片付けの手伝いを申し出るも


「わたしこそ、

 拾っていただいた上に、

 介抱までしていただいた

 身ですから……」と

 やんわり断られる。



「それよりも、

 入浴されてきては

 いかがですか?」

 と勧められ、

 せっかくの厚意を

 無碍(むげ)にするもの

 ではないとして、

 雪生は言葉に甘えることにした。




「ふぅぃぃ~

 あぁいい湯だった~……


 うへぇ、

 むしむしする…………」



 脱衣所は雪生が身に纏っていた

 熱と浴室から流れ込んできた

 水蒸気で高湿度状態。


 もわもわと漂う湯気は、

 風呂上がりの

 爽快感を台無しにする。



 せっかく風呂に入ったのに

 もう一汗かいてはかなわないと、

 換気用の小窓を開けた。


 すると涼やかな夜風が

 脱衣所に入り込み、

 むわむわした湿気を

 追い出してくれる。


「ふぁぁ、気持ちいいー」 


 風呂上がり直後から

 急速に湯冷めが始まり、

 表面温度が急速に低下する。


 そのためか、

 脱衣所のような高温多湿な場所

 でさえなければ、

 風呂上がりは身体がすーっとして

 頭がすっきりしたような

 心地を覚える。


 雪生もそうだった。



「……………………

 っああああああああ!!!!」



 しゃっきりした頭に浮かぶのは、

 単純明快なたった一つの事実。



(わ、忘れてた……

 ないんだったアレ!)



「ゆ、ゆきなりくん!?


 大丈夫ですか!!?

 今、

 そちらに向かいます――」



 突然の大声に

 緊急事態と思い込んだたらしく、

 雪の声が聞き取れたかと思うと、

 駆けつける足音が

 脱衣所に迫ってくる。 



「ち、ちがう、違うから!

 雪さん、僕

 平気だから心配しないでっ!!」


「えっ――」



 言うが先か、開けるが先か。


 雪生が安全を

 口上し終える頃には、

 時既に遅く、

 脱衣所の戸は

 開けられてしまっていた。



 雪生の眼前に立つ、

 彼パジャマ姿の雪。


 年上のお姉さんが

 自分の寝間着を着ているなんて

 シチュエーションは

 萌えしかないのだが、

 己がバスタオルも

 手放してしまった

 正真正銘の真っ裸では

 それどころでなかった。



「うぁああああああ

 あああああああああ

 ああああああ!!???!」



 露出した下部を

 バスタオルで覆い隠そうとするが、

 慌てふためくあまり

 雪生はそれを上手く拾えない。



「ああああ、あの、えっと……」



 彼女もすっかり

 動揺しきっているのか、

 目を逸らすなり

 顔を覆うなりすればいいものを、

 晒され続けた恥部から

 目を離さずにいた。



 約十秒後。


 ようやくバスタオルで

 下半身を隠せた雪生は

 落ち着きを取り戻し、


「着替えますので」


 とだけ言い残して

 静かに戸を閉めたのだった。  


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