とりあえず、ご飯でも
雪生の腹の虫が
「ぐきゅぉろろろ~」と鳴いて、
時刻を確認すると
それはちょうど午後七時。
窓の外に目を遣ると、
既に雨は上がっていた。
「あはは、実は僕、
朝から何も食べてなくて……」
照れ隠しに後頭部を掻いて、
作り笑いを浮かべてみるが、
雪生の心中は
穏やかではなかった。
(もう僕のバカバカ!
何もこんないい雰囲気のときに
腹の音を鳴らせるなんて……)
「あら、そうでしたか。
それは長話をしてしまい、
申し訳ありません。
すぐに
夕食の支度をしますので、
もう暫く辛抱ください」
台所お借りしますね
と付け加えると、
彼女は雪生に背を向ける。
「あ、でも、今家には
カップ麺と米と
お菓子くらいしか
食べ物残ってなくて……」
近頃は一人で
食事を済ますだけだったため、
食には頓着せず、
カップ麺や栄養補助食品、
スナック菓子などしか
摂っていなかった。
これを軽挙妄動と言わずして
何というのか。
雪生は己の浅はかさや
責任感のなさに
自分でも呆れそうになった。
「いえ、
それだけあれば十分です。
小一時間ほど、
お時間頂戴しますね」
けれど彼女は
自信満々にそう告げると、
いそいそと台所へ向かい、
宣言通り小一時間後には
立派な夕食が出来上がっていた。
「うわぁぁ、
ちゃんとしたご飯だ!」
久々に見るまともな料理に、
雪生は思わず
感嘆せずにはいられなかった。
「ちゃんとしたご飯だなんて、
お恥ずかしいです……
あり合わせのもので
作ったものですので、
あまりちゃんとしてるとは
言えないと思いますよ?」
そうは言うが、
食卓には
一汁二菜が用意されてある。
炊きたての白米、
具だくさんの味噌汁に、
ポテトサラダ、
鯖のトマト煮。
系統こそ異なるが、
どれもが十二分に
食欲をそそるものだった。
ごくり。
雪生は生唾を呑み込んだ。
「お、お姉さん、
そろそろ食べてもいいですか?
お姉さんの料理見てたら
余計、お腹減っちゃって……」
もう腹を鳴らしたときの
羞恥心なんか忘れていた。
それよりも今は
目の前にある美味しそうな
食事が気になって仕方ない。
「そうですね、
もう夜の八時ですものね。
では、いただきましょうか」
いただきますと
一秒にも満たない合掌の後、
雪生はまず
味噌汁をかきこんだ。
みるみるうちに
口の中いっぱいに広がっていく
味噌と出汁の香り。
味噌汁に浮かんでいた
団子らしきものを頬張ってみると、
もちもちと堪らない
弾力感に包まれた。
次にポテトサラダ。
一見すると、
じゃがいも以外に
具は見当たらないが
これは美味しいのだろうか
と一口放り込むと、
そんな疑いは一瞬にして
晴れたのだった。
美味い。
こんなポテトサラダは
初めて食べたはずなのに、
なんとなく懐かしいような
洋風のはっきりした味付け。
味噌汁との味の強弱も
相俟って、箸が進む。
さて、最後のおかずは
どうかなと頬張ってみるが、
これもいい。
トマトで似ただけだと
どうも鯖は
水っぽく生臭く
なってしまうことが多いが、
これは違う。
しっかりと下味がついていながらも
しつこさは感じられず、
どことなく感じる
和の風味が
アクセントになっていた。
「あ……」
そうして気付くと、
雪生は夕食を
平らげてしまっていた。
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