どうして?(2)
「そう、でしたか……
それはさぞ、
お辛かったでしょうね。
心中、お察しします」
話を聞く前は訝しげだった
彼女の態度も和らいで、
雪生に対して
好意的と言うべきか、
柔和な対応をするようになった。
その理由については
若干好ましくない
ところもあったが、
多少のことには目を瞑って、
これからを繋ぐための
一手を投じる。
「で、ここからが本題で……
今の話を聞いてくれた
お姉さんなら
理解してくれる
と思うんですけど……ぼ、」
不意に喉の奥に
栓が埋め込まれたように、
声が途絶えた。
その先を紡いで、
早く、一刻も早く、
望むものを得てしまいたいのに。
断られたときのリスクが
脳裏を過ぎって、
言えないのだ。
「っ…………」
目の奥から涙が
滲み出してきそうになる。
(早く言わなくちゃ、
聞いてもらわなきゃ、
いけないのにどうして
……こうも、)
「大丈夫ですよ」と
不意に彼女が微笑んだ。
「え……ど、ぉ、して?」
小学生が発したような
幼い泣き声のようだったのに、
彼女は嫌がる素振りすら見せず、
「わたしは急に
逃げたりしませんよ。
あなたのお話をきちんと
聴く心積もりですから、
心配なさらず。
ゆっくりで構いませんので、
お話しください」
それは笑顔というよりも
慈しみの表情で、
雪生はなんだか澱みの中から
掬い上げられたような気がした。
(は、はい……)
心の中でそう頷くと、
ゆるゆると緊張が解れていき、
思うように
声が操れるようになって、
「あのっ! お姉さん、」
「なんでしょうか」
彼女は柔い顔付きのまま、
僅かに首を傾げて
雪生の顔を見つめ返した。
「僕の、
家族として雇わせてください!
……………………期間、
限定でいいので」
僕の家族になってください
と言えなかったのは、
何の見返り無しに
要求が通らないことを
齢十四にして知っていたから。
〝期間限定〟と付け加えずに
いられなかったのは、
断られることを
何よりも怖れたから。
しかし。
「申し訳ありませんが、
それはできかねます」
「そんなっどうして!!?」
雪生は無意識的に
錯覚していたのだ。
これほど物腰穏やかで
自分の話を聴いてくれた彼女なら、
二つ返事で快諾してくれると。
そして落胆した。
「ですが、
勘違いなさらないでください。
わたしはあなたの
家族になりたくないと
申しているわけ
ではありませんので」
「どう、いうこと?」
雪生の問い掛けに、
彼女は申し訳なさげに
眉尻を落とした。
「恥ずかしながら、
行き倒れて、
他人のあなたにご迷惑を
お掛けするような
有様なのですが、
それだけに留まらず、
問題は山積みでして……」
曰く、彼女は
雪生の家族になるのは
構わないとのことだった。
では何故、
彼の要望に
応えられないのかというと、
つまりはこういうことらしい。
元婚約者に
不倫の濡れ衣を着せられ、
婚約破棄。
挙げ句に両親嘯(うそぶ)かれて
勘当されたために
帰る場所がなくなった。
それだけに留まらず、
元婚約者は止めを刺すように
職場にも同じ事を吹聴して回り、
仕事も辞めさせられ、
着の身着のまま
同居していた屋敷から
放り出されたので金もないし、
頼れる人もいない。
その結果、彼女には
三つの願いが浮上した。
「ですから、わたしの問題を
解決してくださったら、
無償で家族になって差し上げます」
「本当ですか!?」
「ええ、本当ですとも」
彼女の目に嘘を吐いている
様子は見受けられなかった。
「それで、
解決してほしいこと
というのはなんですか?」
「えっと……
少し厚かましい
お願いではあるのですが……」
と彼女が提示した願い
というのは以下の通りだった。
1.奪われたもの
(居場所や信用)を取り戻したい
2.(暫くの間)養ってほしい
「そんなことでいいのなら、
勿論……!」
と先々を行こうとする
せっかちな雪生に、
彼女は初めて
悪戯っぽく含み笑って、
「……もし、
全ての問題が解決して、
あなたと本契約を結べたら
(本当の家族になれたなら)、
一つだけ
願いを叶えてほしいんです」
「そ、その願いというのは?」
すると彼女はそっと立てた
人差し指を唇に添えて見せた。
「それは内緒、です……
そのときにならないと
お話しできません。
ですが、安心してください、
けしてあなたを
貶めるようなものではない
とお約束致します」
面持ちは真剣そのものだが、
言葉が信用してはならない
典型例そのものだった。
普通なら、冷静な人間ならば、
こんな怪しい
誘いには乗らないだろう。
しかし、雪生は
リスクを分かった上でも
この契約を取り交わさなければ
いけないほど、
追い詰められていた。
「分かりました。
では、僕がお姉さんの
問題を解決する代わりに、
家族になってください。
今は……
契約を遂行する途中なので、
仮契約ということで」
雪生は彼女に向かって、
手を差し出した。
「はい。
こちらこそ、
よろしくお願いします」
彼女は差し出された手を取ると、
「これで契約成立ですね」と囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます