穢れたナニカ(4)
その頃には既に
雨は降り出していた。
どんよりと
憂いた臭いを漂わせている。
手には女を追いかける際、
投擲用か何かで無意識に
家から持ってきていた
傘があったが、
それを差す気には
とてもなれなかった。
突然の雨だったが、
それは時を追う事に勢力を上げ、
やがて竹の振るような
雨に変わっていった。
それでもなお、
傘を差そうとはしなかった。
降りしきる雨で涙と、
荒んだ心を
洗い流してしまいたかった
のかもしれない。
ただ呆然と悄然と、
覚束ない足取りで
帰路を辿っていると、
小道脇の木蔭に
人影があるのを見つけた。
近くまで行ってみると、
それは人形のようにさえ
思えるほど生気が無く、
痩せ細っていた上に
傷と汚れだらけの
長い黒髪の女性だった。
ゴミ捨て場に廃棄された
マネキンの方が
まだいくらも
マシだろうと思えるくらいに、
その人は
憔悴(しょうすい)しきっている。
「……………………」
雪生は十数秒の黙考の後、
ただのお飾りと
成り果てていた傘を開くと、
口火を切った。
「あの――」
雪生は、
はいともいいえとも答えなかった
女性の肩に腕を回すと、
傘を差して、
自分の家まで連れ帰った。
途中から傘を差していたと言えど
彼女は既にずぶ濡れで、
彼よりも長く
雨に晒されていただろう
その肌は
ガラスのように冷え切っていた。
「待ってて」
そう声を掛けてから
雪生は彼女にバスタオルを被せると、
大慌てで湯を沸かしに行った。
湯が沸くのに大して
時間はかからなかったが、
問題はその後だった。
行き倒れの女性は
生きる気力どころか、
動くことも物言う気力さえ
失ってしまったらしく、
充電切れのロボット状態。
なんと呼び掛けても無反応で、
このまま放っておけば
風邪を引いてしまうと判断した
雪生は軽く目を瞑ったまま、
彼女を風呂へ入れることにした。
半目状態で服も下着も脱がせ、
浴室に押し込むと
強引にバスタブへと
彼女をぶち込んだ。
風呂を上がってからも
依然として
亡霊のようだった彼女に、
雪生は自分の予備の服を
着させ、髪も乾かしてやった。
すると風呂で身体も温もり、
着替えも済ませられた
彼女はみるみるうちに
正気を取り戻し始め、
「さぁ、どうしましょうか」の
膠着状態に至るのだった。
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