穢れたナニカ


 さて、雪生がどうして

 今道端で行き倒れている

 年上女性と出逢ったのか

 と言うと、

 時は今日の午後二時まで遡る……。




「――で、一体いくらなんですか?」



 雪生の家の居間にて、

 彼の正面にどっかり腰を下ろす

 二十くらいの女性。


 彼女はすっぴん風に見える

 化粧を施し、

 髪も程良い栗色に染色し、

 服装もシフォンブラウスに

 フレアスカートという

 一見して清楚な女性だった、

 のだが。



 実際には、

 仮にも面接中に

 スマホを弄びながら、 

 不躾にも端から

 金の話をする狡い女である。



「……………………は?」 



 雪生は、

 女のその常識知らずな言動と

 失礼極まりない態度に呆れ返り、

 その一音を絞り出すのが

 やっとだった。


 しかし、

 女は前言を撤回することもなく、

 被る猫すら放り投げる。



「だ・か・ら、金よ、金。

 一体いくらなの?」



 雪生の中で、

 パキンと何かが

 ひび割れる音がした。



「…………百万、です」



 雪生が蚊の泣くような声で

 そう唾棄すると、女は血相を変え、



「え、ホント?? 

 そんなに貰えるなら私……、

〝いいこと〟して

 あげちゃおうかな……?」



 うふ、と妙なしなを作り、

 露骨に雪生へ媚び始めた。


 雪生は視線を足下へと移す。



 女はそれを

 了承と受け取ったのか、

 己の谷間を寄せると

 雪生の隣に腰を下ろし、

「緊張してるのかな?」と

 彼の太腿の上に指を滑らせた。



 しかし雪生は女の誘惑に

 僅かな反応すら見せることなく、

 ただ押し黙っていた。



「んも~、最近の男の子って

 ホント草食系よね~……

 そんなんだから、

 女の子の方がいつもいつも

 頑張んないといけないのよ…………」



 つれない態度の雪生に、

 萎えるのではなく、

 痺れを切らしたらしい女は

 雪生の両サイドに手をつくと、

 大胆な行動に出た。



「……一体、何のつもりですか?」



 なんと女は

 雪生の太腿に

 跨(また)がったのだ。



「なんのつもりってぇ~

 ……とぼけないでよ、

 そんなの……ね?


 分かるでしょ……?」 



 くなりと腰をしならせ、

 女は雪生の顔面に胸を近付けていく。


 彼の鼻息がかかる

 距離にまで到達すると女は、



「ね~え……ボクは

 女の人のおっぱいって

 触ってみたことあるぅ?」



 と雪生の頬に

 一本ずつ指を這わせていった。



 大抵の男なら、

 この悪魔的誘惑に

 呑まれてしまうだろう、

 と雪生は思った。



 けれども、脳を融かすような、

 この甘く蕩ける声は

 あまりに男を知りすぎている。


 理性がどうとか

 いう問題ではなく、

 本能を直接強制作動させる

 魔力があるのだ。


 こんな芸当は、

 健全な男女交際を歩んできたもの

 にできるものではない。



 明らかに、

 男を誘惑し慣れている、

 そういうことが身体に染み付いている。



「いいえ。ありませんが……」



 パシンッ。


 雪生は落ち着き払ったまま、 

 女の手を振り払った。

 

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