【序章】

プロローグ


 少年こと

 潦雪生(にわたずみゆきなり)

 の生い立ちを

 振り返ってみると、

 それは少々複雑なものだった。



 雪生は

 現在公立の中学三年生。



 幼い頃(小学生)に

 両親を亡くす。


 雪生には姉がいたが、

 姉の方だけは

 政略結婚させられるから

 という汚い大人の都合で

 叔父夫婦に貰われ、

 雪生は引き取って貰えなかった。



 というのも、

 当時の雪生は勉強もできず、

 泣き虫な上に弱虫で

 手のかかる子どもだった。


 そのうえ、

 ひどい人見知りをする子

 だったのもあって、

 愛想も悪かったのだ。



 わざわざそんな手のかかる子を

 貰いたがるのは誰もおらず、

 雪生は親戚中を

 たらい回しにされそうになった。



 そこに手を

 差し伸べてくれたのが、

「ばぁちゃん」こと

 潦葉菊(にわたずみはぎく)だ。



 周囲の大人たちから

「要らない子」扱いされて、

 すっかり塞ぎ込んでしまった

 雪生を変えたのもまた、

 彼女だった。



 彼女は雪生を引き取ると、

 彼に十二分な愛情を注いだ。


 邪魔なんかじゃない、

 傍で成長を見守れるだけで

 倖せを感じられると言い、


 態度で大好きを伝え、

 ただただ同じ時を過ごした。



 単純なことではあるけれど、

 多忙な現代人にとっては

 それが一番難しくて、

 一番必要とされることだった。



 相手のために愛情を注ごうが、

 尽力しようが、

 決して見返りを要求しない

 無償の愛は、

 殻に閉じ籠もっていた

 雪生の心にも届き、

 彼はみるみるうちに

 変わっていった。



 まず、

 よく笑うようになった。

 ポジティヴになった。

 純朴で素直になった。



 そうして、

 学年も上がる頃には

 陽気で優しい素敵な男の子へ

 と様変わりした。


 苦手なものも努力で

 カバーするようになり、

 徐々に友達も

 増えていったのだった。



 しかし、

 いいことばかりとはいかず、

 葉菊に引き取られてから

 数年経って雪生が

 中学二年生になった年のこと。




 雪生の在籍していたクラスで

 女子生徒の下着が盗まれる

 という盗難事件が発生した。


 物が物だけに、

 学校側は事を荒立てまいと

 事件性を否定しようとしたが、

 最悪な形で事件ということが

 確定してしまった。


 担任は、

 女子生徒の気を済ませるために

 形式的な

 荷物検査を行うことにした。

 しかし、彼女は――、



『潦くんです、

 潦くんが

 私の下着を盗んだんです!』



 始めは言い掛かりだと

 誰もが思っていたし、

 誰も彼女の言葉を

 信用などしていなかった。


 けれど、その直後に

 彼の鞄から彼女が

 下着が出てきてからは

 誰も雪生に味方しなくなった。


 

 言い逃れのしようのない、

 動かざる証拠に

 雪生の断定だと

 思わざるを得なかったのだろう。



 その日から、

 雪生のあらぬ噂が

 絶えなくなった。



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