引きこもりDCが、行き倒れお姉さんを拾ってみたら、

碧瀬空

絶望と願い


 最も尊いものを失ったとき、

 人は絶望する。



 なら、

 人はどうやって立ち直る?


 ――と、

 こう問い掛けると、

 いくつかの解が

 返ってくるだろう。




「時間」や「友人」

「恋人」「家族」…………。

 


 それらは往々にして

 正しいだろうし、

 間違ってはいないはずだ。



 しかし。



 もし、失った尊いもの

 というのが彼の全てで、

 どん底から

 立ち直らせてくれるものさえ

 今はないのだとしたら?




 正しい故に、

 その手段を持たない者にとっては

「終わった世界」から抜け出せない

「終わらない地獄」に

 抑え込まれるだろう。



 立ち直りたいのに、

 助けて欲しいのに、

 誰も、何もかも、天候さえも

 彼には味方してくれなくて――。





 駸々と雨は降っていた。


 それは遅い梅雨入りで、

 まだ明けない

 梅雨のことだった。


 

 暦上ではすっかり

 夏だというのにどうして、

 雨は一日中

 降りしきっていた。


 しかも、

 時が過ぎるごとに

 勢いを増していった。


 傘もレインコートも、

 身を守ってくれるものを

 全て嘲笑うかのような

 天候に見舞われていた。 



 そんな中、一人の少年だけが、

 町の掲示板前にて、

 悄然(しょうぜん)と立ち尽くしていた。



 

 【僕の家族――を募集します】



 

 それを見た少年は

 目深に被った猫耳帽子の紐と

 ループタイを弄くりだした。


 これは彼が不安で

 落ち着かないときにやる

 癖のようなものだった。



「これで、何枚目、だろ……」



 少年はふーと息を吐くと、

 思い直したように顔を上げ、

 目の前のそれに目を凝らした。



 手書きで作成された

 貼り紙の一部の文字は、

 誹謗中傷による落書きのせいで

 読めなくなってしまっていた。


 それだけに過ぎず、

 カッターナイフと思しき

 刃物でぐちゃぐちゃに

 切り裂かれた痕さえある。



 少年は丹精込めて書いた

 ポスターを台無しにされたことに

 腹を立てたが、

 以前にも何度かこういう

 悪戯に遭っていたため、

 暇人が八つ当たりに

 したことだろうと諦めて

 貼り替えることにした。



 鞄から取り出し、

 貼り替えようとした

 新しいポスターさえも雨に濡れて、

 インクで文字が滲んでしまった。


 じわりと広がっていく滲みの痕が、

 今の自分のように思えて、

 少年はぽつり、



「ばぁ、ちゃぁん……」



 と嘆いた。 


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