第17話 呪術

「今日の授業は、恐ろしいほど大事ですよ。しっかりと、耳を傾け、心に刻んでください」


 白髪のお団子頭。

 丸眼鏡。

 「アルプスの少女ハイジ」のロッテンマイヤーにどこか似た

 マカロニ先生の鋭い眼が光る。教室は、ピンとした空気に包まれた。ふわふわ飛んでいるタイプのみかんでさえも、背筋を整え緊張気味だ。

「呪術は世界各地にありますが、今日学ぶのは、日本の呪術です。一般的に知られているのは『丑の刻参り』ですが、今の皆様の能力を持ってすればこの呪術を解くことは、さほど難しいことではありません。あなたたちが学ぶのは、呪術者のかけた呪いの解き方。つまり『呪詛返し』です。失敗の代償は、命……」

 生徒たちがゴクリと唾を飲み込む中、レモンだけが少し退屈そうに授業を受けていた。一日中呪術について学んだアスパラとみかんは、疲れ切っていた。

「もう、なんで呪いなんてものがあるのかしら? 誰かを呪ったって、幸せになんかなれないのにね!」

 みかんの言葉に、レモンが眉根を寄せる。

「お前、今まで誰かを憎んだことがないのか?」

「憎んだこと……ないわけでも。でも!」

「死んで欲しいと思ったことがないと……」

「——はい」

「アスパラ、お前はどうだ?」

「……」

 口を一文字に結び、質問に答えようとしない。頬の赤みが消え失せ顔色が悪くなる。

「お前ずっと、いじめられていただろ。いじめた奴らを憎んだことはないのか?」

「私は……。 相手を憎む以前に、どうして自分がいじめられるのか知りたいと思いました。いじめられる理由がわからなかったことが、辛かったのです。悲しくて、悔しくて、どうしたらいいのかわかりませんでした。毎日が、地獄の中を歩いているような、そんな錯覚に陥りました。でも、いじめている相手が死ねばいいと思ったことはありません。どちらかというと――」

「自分が、死にたいと思っていた」

「……はい。もし、パプリカ校長に出会わなければ、私は死んでいたかもしれませんね」

 涙が溢れそうな瞳で、遠くをみるアスパラ。

「仏教に『怨憎会苦』って言葉があるだろ。怨み憎む者に出会う苦しみというやつだ。こういう出会いがあったとき、人は大体二つに分かれるもんだ。憎しみを自分にぶつけるか、相手にぶつけるか。相手に呪いをかけても、決して報われることはないってわかっていても『死ね!』『消えてなくなれ!」っていう感情を抑えることはできない。だから、『呪い』は昔から存在し、今もなくなってはいない」

「レモンお姉さま。この世界から『呪い』をなくすことは出来ないんでしょうか?」

 レモンがみかんの頭をコンっと叩く。

「無理だな。そんな夢みたいなことを考えるより、『呪詛返し』ちゃんと勉強した方がいい。『呪い』の世界は、反吐が出るくらいえげつないぞ!」

「ひぃ~」

 みかんは変な悲鳴をあげ、アスパラに抱きついた。

 

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