28話 体育祭⑥

 あれから俺達は縛っていた紐をほどいて、他の人達がゴールするまで俺はぼうっと立ち尽くしていた。すると彼女が俺の視界に入ってきた。


「ハル君やったね! あたし達一位になったんだよ!」


 まるで宝物を見つけたかのように七宮が目をキラキラさせていた。

 そんな彼女を見て俺は思わず辟易してしまった。


「お、おう……」


「あたし達、息ピッタしだったね!」


「……」


「何その微妙そうな顔ー。嬉しくないの?」


「どちらかと言えば嬉しいな」


 主にクラスメイトから詰められないという理由で。

 後、少なからずこいつの役に立てたしな。


「なら良かったし……。ねぇハル君、今言うのも何だけど明日暇?」


「……は、何で?」


「見たい恋愛映画が明日公開なの、だから一緒に付いてきて欲しくて」


 確かに明日は土曜日だしな……ってそれよりも聞くべき大事なことがある。


「いやそういう事じゃなくて、何で俺を誘うんだよ」


「ハル君あの日の事忘れたの? 同じ絵描きとして同盟結んだじゃん。あたしは少女漫画家としてインプットする為に恋愛映画を見に行くの! だからハル君は同盟関係結んだ以上、それに付き合う義務があるし!」


 七宮は一体何を言っているのだろうか? 前に彼女の家に行った帰り際にそのようなことを言われた気がしたが、記憶が曖昧である。


「意味不明な理論だな……まぁ検討しとくわ」


「もーう、どうせ暇な癖に~~!」


「うっせ、バーカ」


 俺はそう返事をしてからその場を離れることにした。


 ※※※※                   


 男女混合二人三脚を終えて席に戻ると、七宮はクラスメイト達から称賛の声を受けていた。いや待てよ、手柄の半分は俺だろうが、なんて思いながら俺は観客席の隅っこで死んだ魚のような目を浮かべて、次の種目が始まるのを待っていた。


 もう俺の出番無いし……帰っていいのでは? そんな事を思いながら俺はじとーとグラウンドを見つめる。どうやら次の種目は借り物競争らしい。という事は藤原先輩が出場するはずである。勿論関係がばれないように声を出しての応援は出来ないが、心の中で良い結果が出せるように祈っておこう。


「ねぇハル君、隣に座ってもいい?」


 どういう訳か七宮が俺に話しかけてきた。彼女は俺に許可を取るまでもなく椅子に座る。


「何お前、いつも一緒に居るお仲間はどうしたんだ?」


「皆居なくなっちゃてさ。だからハル君に話しかけたし……」


「遂にハブられたのか、可哀想に……」


「違うし! 偶然まゆしぃとか水沢君たちが次の種目準備で移動しただけだから!」


 何だそういう事か……。一応、自分が出場する種目の一個前の種目が始まるまでには特定の場所に集合していないといけないんだっけ?


「お前以外全員が居なくなるって色々と察してしまうな。まぁエリーは運動神経あんまり良くないからしょうがないか」


「う、うるさいし……」


「んで、借り物競争の次って何の種目?」


「騎馬戦だよ! あたし達のクラスは結構ガチメンバーを選んだらしいし」


「ほーん、そうなのか……」


 成程……騎馬戦も大縄跳びと同じようにクラス種目だもんな……。

ならば普段、七宮がつるんでいる陽キャラ集団が参加するのは合理的である。


「ハル君あからさまに興味なさそうな顔してる……」


「そりゃそうだろ。俺なんかもう出る種目無いし、早く体育祭終わらせて家に帰りたいって思ってるからな」


「ハル君最低ー。あたしはちゃんと応援した方が良いと思うし!」


「言われなくても、今してるっつーの」


「え? 誰を? まさかハル君にそんな相手が居るわけないし」


「失礼な奴だな、一応、藤原先輩を応援してるっつの」


「ほ、ホントだ……。千春先輩、これに出場してたんだ……」


 俺の視線を辿ったのか、七宮が藤原先輩の姿を見つけたらしい。

 それにしてもあの人、かなりの人気っぷりである。俺の他のクラスメイトも彼女を可愛いだの、胸がでかいだの噂している声が聞こえる。


 まぁ普段は成績トップで生徒会長な上にあのスタイルだもんな……。

 なんて考えながら俺は彼女の勇姿を見守ることにする。


 競技がスタートすると、歓声の声がより一層大きくなる。中でも彼女に対する声が圧倒的に多く聞こえた。それだけ注目されているのだろう。


 男子の一部は、ワンチャン自分に声を掛けてくれるのではないかと期待している人もいるのだろう。まぁあの人の事だから誤解されるような事はしないか……。


 なんて事を俺が考えていると、競技者が一斉に紙を貰っていた。

 そこに書かれていたお題に沿って誰かにモノを借りに行くのである。

 彼女はどんな内容の物を引いたのだろうか? 彼女は紙を貰ってキョロキョロと辺りを見渡す。その途中、わずかながら俺と目が合った。


 ……まさかな。


「ねぇハル君……千春先輩、こっちに来てない? 何でだろ?」


 七宮の言う通り、おかしな行動であった。何故ならここらは全て一年生の観客席となっているゾーンだからである。幾ら交友関係が広い藤原先輩といえども下級生の所に来る必要は感じられなかった。


 そう俺が思っている間に、彼女は俺達のクラスのところにやってきて、外縁部に設置されているテープの前に立ち止まりこう口にした。


「立花君、こっちに来て!」


 ……おいおい、嘘だろ。マジで言ってんの? 幾ら何でもそれは不味すぎだろ。

 俺がうろたえていると、藤原先輩がもう一度急かすようにこう口にした。


「ほら早くー。このままだと負けちゃうわ」 


 どうやら俺を待っているという現実は本当らしい。仕方ないので俺は席から立ち上がって藤原先輩の元に向かった。その途中、クラスメイト達から疑惑の視線を貰ったのは言うまでもない。


 加えてどうしてあんな奴が藤原先輩に……だの、陰キャの癖にありえねーだの、ディスられた気もする。


「急に呼び出してごめんね。ところで立花君、ハチマキ持ってる?」


 どうやら借り物の内容はハチマキだったらしい。俺を呼んだという事は一年生の男子限定だの条件が付いたのだろうか? まぁ今聞くのは時間ロスだし、取り敢えず言われた通り彼女にモノを渡すか……。答え合わせは後ですればいいし。


「これでいいっすか?」


 俺はポケットからハチマキを取り出して藤原先輩に渡した。本当は頭に付けて置くべきだったのだろうが、これから出場する種目も無かったので、外して中に入れていたのだ。


「ありがと、種目終わったらちゃんと返すね」


 笑顔でそう答えた藤原先輩はハチマキを持ってグラウンドの内部へ駆け出して行った。

 役目を終えた俺はひとまず自分のいた元に席に戻る。すると、正面から妙な威圧的視線を感じた。


「睨むなっつーの……おまけに負のオーラ出まくってんぞ」


「ハル君やっぱり千春先輩と何かあった? 距離感近すぎると思うし……」


「何にもねぇよ。流石にさっきのは驚いたけど……」


 七宮から視線を逸らすように俺は呟いた。それからふと、グラウンドの方を見ると藤原先輩の姿があった。どうやら彼女が一位を獲ったらしい。


 まぁ流石にそれぐらいはしてもらわないとな……。にしてもあんなリスクを取るなんて一体彼女は何を考えているのだろうか? 読めない……、全然彼女の心が分からない。


 後で聞いてみるしかないな、そう思いながら俺は観戦を続けることにした。

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