25話 体育祭③

 あれから次々とプログラムが終了して、圧倒間に昼休みの時間がやってきた。

 そういう訳で俺はコンビニで買った昼ご飯の入った袋を持って、俺のオアシスである屋上へと向かっていたのだが、絶望的な事実を突きつけられてしまった。


「おいおい、マジかよ……」


 どういう訳か、屋上の扉が閉鎖されていたのである。そんな馬鹿な……体育祭だからって鍵を閉めているのかよ。俺から昼を食べる場所を奪ったらマジで何も残らないぞ。あの心地良い風に当たりながら昼を食べる事だけが、俺が学校に行く最後のモチベーションだったのに……。


 クラスで食べるのは絶対に嫌だし、マジで便所飯デビューしちゃうか? 

でも個室故に快適と思いきや、臭いがまじでキツイしな。

 ちっ……適当に良い場所を発掘するしかないな。


 そう考えた俺はその場を離れて、校内を探検することにした。

 昼を食べるという行為すら苦労をしてしまうとは本当によろしくない事態だ……。他のクラスメイトは何処で食べているのであろうか? 恐らくいつもの教室で食べている人も居るだろうし、グラウンドの外にある応援席で食べている生徒も多いだろう。


 ならここは図書室でも行こうかな……。開いているか分からないけど……。

 なんて思いながら俺が廊下を歩いていると、曲がり角の奥から女子生徒の声が聞こえてきた。


「あのさ、帰国子女とか何だか知らないけど、あんまり調子に乗らないで欲しいんだよね。私が言いたいこと分かる?」


「うん……分かってるけど」


 ……。曲がり角の向こう側に居るのは俺の見知った声であった。チラリと覗いてみるとクラスのモブ女と威圧されている七宮の姿がそこにはあった。この責められ具合だと恐らく陽キャラ集団を上手く引き剝がすために、人のいない所に呼び出したのだろう。


「けど何?」


「あたしは別に普通にしてるだけだし……」


「はぁ? じゃあ大岩君に色目使うのも普通なんだ。それって只のビッチじゃん」


 うわぁ……出たよ陰湿な苛め。つか恋愛絡むと本当にろくでもねぇな人間って……。

 恐らくこの女子は大岩の事を好きなのだろう。だから先程に七宮を庇ったという事実が許せなかったのだと思う。でもこんな事をしても意味無いと思うけどな……。


「ご、ごめん……」


「そうやってまた誤魔化すんだ」


 だから謝るなっつの。相手が付け上がって調子に乗るだろうが。

 あーあ、もう見てられねぇ。昼食べる場所も見つからねぇし八つ当たりでもするか。


「おい、そこまでにしておけよ」


「はぁ? ってあんた同じクラスの……誰?」


 クラスのモブ女が頭にはてなマークを浮かべていた。

 おい、そこでボケは要らねぇ。そのナチュラルに俺にダメージを与えてくんの止めてくんない? まぁ俺もお前の名前とか覚えてないから別にいいけど……。


「ハ、ハル君……」


 目をまん丸にしながら七宮が呟いた。


「俺が言うのも何だけど、そういうの良くないと思うっすよ」


「意味わかんない……何であんたにそんな事言われなきゃいけないわけ?」


 おーお、威勢のいい女の子だな。


「さっき水沢が言ってただろ? 楽しい体育祭にしようって。だから裏で苛めたりするのは良くないって思っただけだ」


「あんなの建前でしょ……。それにこいつが大岩君に色目使うのがいけないんじゃん」


「ならお前も大岩に色目使えば良いんじゃねーの? それに裏で誰かを貶めようとする奴があいつに振り向いてもらえるとは思えないけど」


「あんたが大岩君の何を知ってるわけ?」


「は、俺が知る訳ないだろあいつの事なんて……。でも確かめることは出来る。こいつを使ってな」


 そう言いながら俺はスマホの画面をモブ女に見せつける。画面にはボイスレコーダーのアプリが表示されているはずだ。


「もしかして最初から聞いてたわけ?」


「さぁーな。でもこれを聞いたら大岩は少なくともお前のことを嫌いになるだろうな」


 実際問題、これはブラフだ。本当は会話の録音なんて行っていない。

 ただ相手は俺を途中から認知した以上、それまで俺がどうしていたかなんて分かるはずがないのだ。


「私の事を脅すってわけ?」


「どう捉えてくれてもいいぜ。でもまぁ次に同じ様な光景を見たらうっかり大岩にこのデータを渡すかもしれないな」


「……ムカつく。いつもは冴えない陰キャぼっちの癖に何カッコつけてんの? まぁもういいや。七宮さん、今回の事は不問にしてあげる」


 そう吐き捨ててモブ女は何処かに消えていってしまった。

 ふぅー、何とか乗り切った。俺にしては上手く作戦通りいったな。にしてもマジでもうこんな事したくない。後で絶対にあのモブ女が所属しているグループでディスれらまくるだろうな……。なんて思いながら俺は七宮に声を掛けた。


「本格的にクラスメイトに嫌われ始めてんだな」


「う、うるさいし……。というかハル君、何でこんな所に居るの?」


「屋上が閉鎖されてたから昼を食べる場所を探してたんだよ」


「あーそういう事だったんだ。でもまさか助けてくれると思わなかったし……。ありがとねハル君」


「何で俺がお前を助けなきゃいけないんだよ。個人的にムカついたら成敗しただけだ。勘違いすんな」 


「なっ……、お礼言っただけなのに酷い言われようだし!」


「元を辿ればあの女に隙を作るお前が悪い。あの程度で悲劇のヒロインぶるとか片腹痛いよ? 存在を認知されているだけ有難いと思えっつーの。俺なんて失敗しても励ましてくれる人が居ないから大縄跳びが始まる前に胃に穴が開きかけたんだからな。つーかあの程度でクラスが空中分解しかけるなら俺がミスすればよかったぜ」


 まぁ孤高の道を選んだのは俺だ。だから後悔はしていない。

 口にしながらそんな事を俺が考えていると、七宮がジッと俺に目を合わせてこう言った。


「意味わかんない……ハル君がミスしたらあたしが励ましてたし」


「……どうだろうな」


「ホントに絶っー対そうしてた! これだけはハッキリ言えるし!」


「急に大声上げるなよ。つか昼食べる時間無くなるし、そろそろ行った方が良いんじゃねーの? 黒崎とか水沢がお前のこと探してるだろ」


「うん分かった、そうするし……因みにだけどハル君も来る?」


「絶対行かねぇ」


「ふふっ、そう言うと思った! じゃあねハル君」


 最後に七宮が笑みを浮かべながらそう口にした。

 そのまま彼女は階段を降りて消えていった。そんな彼女に対して俺はこう吐き捨てた。


「なら最初から聞くなよバカ」


 ……。それにしても随分と無駄な時間を過ごしてしまった。

 このままじゃあ本格的に昼を食べる時間が無くなってしまう。取り敢えず早々に図書室が開いてるか確認しないと、そう思い再び俺が歩き出そうとした瞬間である。

 途端に視界がブラックアウトした。そして直後に耳元でこう囁かれた。


「だ~れだ?」


 甘い香りが鼻をくすぐった。これはシャンプーの香りだろうか?

 まぁ取り敢えず誰かなんてすぐにわかる。俺が話す異性なんて七宮と彼女ぐらいだ。


「藤原先輩どうしたんすか?」


「よく分かったねー。というか学校じゃあ名前で呼んでくれないんだ」


 振り返ると、俺の視界に藤原先輩の姿が映った。どうやら一人で居るらしい。


「そりゃあ周りの目もありますから……。それより何でこんな所に」


「廊下を歩いていたら偶然立花君を見つけたから声掛けちゃった。それより君、今暇してるでしょ? 良かったらお姉さんに付いてこない?」


「いや俺は……昼を食べる場所探してるんで」


 誘い自体は嬉しいが、俺にはやるべきことがある。

 それに学校では生徒会長である藤原先輩の頼みだ。安易に了承すれば何やらめんどくさい仕事とか割り振られそうで怖い。俺の危機管理センサーはその程度は誤魔化せまい。


「私はそのお昼を食べるとっておきの所を教えてあげるって言ってるの」


「まじっすか、それはチョット気になります」


 なんだよ……警戒していたのが馬鹿みたいだ。

 何なら俺が今一番求めていたモノを藤原先輩が握っていたのだ。


「素直な子は嫌いじゃないなー。じゃあ早速だけど付いてきて」


 断る理由も無かったので俺は藤原先輩に付いていく事にした。

 こういう時やはり年上の人は頼りになると、ふと思った。

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