25話 体育祭②

 100メートル走が終了した後も瞬く間に次のプログラムへと移っていき、いよいよ一年生クラス対抗大縄跳びの時間がやってきた。


 途中でサボろうと考えていたが、あれやこれやと過ごしているうちに逃げるタイミングを失ったので、仕方なく俺は他のクラスメイトと一緒にグラウンドの中央部に来ていた。そういう訳で俺達は練習の様に二列になってフォーメーションを組み、後はスタートを待つだけである。


「これより一年生対抗大縄跳びを開始します」


 運営チームに居る司会が始まりの合図を告げる。

 制限時間は最大五分の一発勝負である。もし失敗したらそこで終了。

 仮に五分間続いたら、時間内に達成した数字で競い合うらしい。つまり、確実に一位を獲りに行くならハイペースで縄を回して跳ぶ必要がある。


 因みに俺達のクラスの戦略は一位を狙うというものであった。つまり少しだけジャンプをするペースが速いというわけだ。初めての練習では黒崎の胸が揺れまくったせいで、俺がミスをしたが、今度はそうはいかない。つーか本番で俺が失敗したらマジでシャレにならない。


 本気で殺意の目をクラスメイトに向けられかねないのだ。

……何か要らん心配していたらマジで緊張してきたな、心なしか身体も震えてきたし。


 もういっその事残りの高校生活共々全てを終わらせようかな……なんてな。

 まぁいい、最悪俺がミスったら高校を退学すればいいだけだし。

 まさか体育祭の種目ごときで退学かけて挑む奴なんて俺ぐらいだろ。

 寧ろ普段空気の俺が盛大にやらかすことで、クラスの皆に俺を認知してもらうか……。まるで自意識が高くなった子供みたいな発想だけど。


 と、いつものように俺が無駄な思考をしていると不意に後ろから声を掛けられた。


「一緒に頑張ろう、立花君」


 声主はまさかの水沢であった。おいおい勘弁してくれよ。まさか俺の精神状態がよろしくない事を瞬時に見抜いてそう口にしたのか? 幾ら何でも気が利き過ぎるだろ。


 こいつ……まさか俺の事を好きなんじゃないかと邪推してしまう。


「お、おう……」


 余りにも唐突な出来事であったので、俺は相槌を打つだけで精一杯であった。

 べ、別に照れてなんかいないんだからねっ! 

 と内心で俺がヒロインぶっていると間もなく種目が始まろうとしていた。


「それではコールします。3・2・1……始め!」


 笛が鳴らされようやく大縄跳びがスタートする。


「それじゃあ皆、練習通りやろう!」


 最後に黒崎がクラス内の指揮を上げるためにそう口にした。

 一気に緊張感が高まる中、大繩役の石田と大岩がスタートとのタイミングを取る。


「せーのっ! いーち!」


 まず俺たちのクラスは最初のジャンプを成功させた。

 ふっ、跳ぶだけのゲームなんてぬる過ぎるぜっ!


 本番特有の謎テンションのまま俺はノリノリで縄を跳んでいく。

 そして、すぐさまもう一度ジャンプをする時がやって来た。

 もう一度タイミングを合わせて……。


「にーいっ! さー……っ!」


 ???

 跳び終わった瞬間、縄が静止をした。俺はその時まるで時が止まったんじゃないかと錯覚をした。まさか俺が失敗したのか? 


 ……。俺は恐る恐る真下を見るが、どうやらミスをしたのは俺ではないらしい。

 安堵が訪れた。……ったく誰が失敗したのかねぇ。


 さてと、俺がミスした相手に裁きの鉄槌(ジャッジメントナイフ)を下してやろうか……。まぁ流石に今のは冗談だけど、シンプルに誰が失敗したのかは気になる。ざっと見、近くに居る人達ではなさそうだし、背の低い人が集まる前の方だろうか? 何て考えながら俺がキョロキョロしていると、前方に手を挙げている女の子が見えた。

 彼女はこちらの方に振り返って、気まずそうにしながらこう口にした。


「ご、ごめんなさい……あたしがミスしたし」


 お前がやらかしたのかよ! 俺は内心で七宮に向かってそう突っ込んでしまった。

 あーあ、今にも泣きそうな顔してやがる……。マジで同情するぜ。


 いざ誰かがミスをすると、俺がミスした別の世界線を見ているようで、胃が痛くなる。しかもそれなりに見知った幼馴染であるならば尚更の事だ。


「あーあ、こんな早くミスするとかあり得ないんだけど。練習の時間、全部無駄だったじゃん」


 我が九組が誇るギャルこと山城が啖呵を切った。うわぁ、始まったよ陰湿な女子の戦いが……そういのは人目の付かない女子トイレでやってくれねーかな……。


 男同士の殴り合いとか傍目から見る分にはぶっちゃけ楽しい上に、気が付いたら次の日に仲直りしている事もあるぐらい平和なもんだ。その点、女子同士の口撃による争いとか楽しくもねぇし、見ていて不快なんすよね。

 しかもあいつ、俺が練習でミスった時も嫌味言ってきたし、ほんと何様のつもりだよ。


「本当にごめん……」


 今にも涙が出そうな様子で七宮がクラス全員に対してお詫びをする。

 馬鹿がよ、たかが体育祭だろうが。こんな事でいちいち謝んなくていいっつの。


 大体負けたら何か損するのかよ、命が掛かっているなら分かるけどさぁ……。

 ピリピリし過ぎじゃない? 普通に怖ぇつの。


「まぁまぁ山城さん、誰にでもミスはあるじゃない? 今回はそれが偶々咲良ちゃんだったってだけだし」


「僕も今回は運が無かったって思うよ」


 クラス委員にして調整役ともいえるリーダー的存在、黒崎水沢ペアが事の鎮圧を試みる。

 こういう時にこそ彼等の真価は発揮されるのだ。

 それに単純に同じグループである仲間を守るという意味もあるのだろう。故に彼等は友達として七宮の事を庇っているのだ。これが美しい友情って奴か……。 


「何か空気重いべ! つか俺達が回すの下手だった。なぁ司っち」


「そうだな、ちょい焦ってペースを早くしすぎた。だからあんまり気にするな七宮」


 遂には石田と大岩までこちらに駆け寄ってきて励ましを入れる。なにこれ、マジで羨ましいんですけど。俺もクラスの陽キャラに囲まれてイケメンパラダイスしてぇよ。

 つか流石にここまであからさまだと反感を買うんじゃなかろうか?


「まぁウチはあんたらがそれでいいならこれ以上は何も言わないけど」


 やや切れ気味に山城が吐き捨てた。文句は言わないけど、内心はありありですよと態度に出まくっていた。メンドクセェな、おい。でも彼女もクラスの中心人物がこう言っている以上、長期戦は分が悪いと判断したのだろう。それに関しては英断であると思う。


「いいよね七宮さんは良いご身分で……」


「つーかあり得なくない? ちょっと可愛いからって皆に庇って貰えるなんて」


 ヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。どうやらクラスの女子全体で不満が噴出しているらしい。それは元々溜まっていたヘイトがここに来て爆発したように感じた。


 思えば一か月半前、七宮が転校してきた時からその予兆はあった。初日だけは彼女をクラス全体として歓迎する雰囲気があったが、彼女は良くも悪くも陽キャラ集団、俗に言う一軍に気に入られて共に行動するようになった。クラスでも人気が高いであろう水沢、石田と大岩達を狙っている女子達からすれば排除したい存在なのかもしれない。


 そう考えると黒崎すげぇな。いやあいつの場合は良くも悪くも男子達と橋渡し役になれるから利用されているのか? そう考えると女子って怖いな、表面上だけ仲良くしていたのかよ。だが七宮は違う。あいつは黒崎ほどコミュ力があるわけではない。女子とは黒崎と話している姿しか見たことがない。だから他の女子から敵と判断されたのだ。


 ちっ、こうなったらあれを使うしかないな。

 俺は————もう争いなんて見たくない……。もうここは俺が最終奥義ラストレクイエムを使って全てを終わらせるしかな……。そう感じた俺がすうっと息を吸い込んだ瞬間である。


「お前ら止めろよ! そうやって陰口とか言われる方の気持ち、考えたことあるのかよ」


 遠くに居た男子が声を張り上げた。……その声主は意外にも大岩だった。

 その様子にクラスメイトの誰もが一瞬黙り込んだ。俺だって驚いたのだから当たり前だ。


 あいつ、あんなに大きい声出るのか……。まぁ流石野球部といったところだろう。

 だが、空気的には余計に悪化してないか? なんて俺が思った瞬間、石田が彼の肩に手をやってヘラヘラ笑いながらこう口にする。


「おい、司っちどうしたんだよ。クラスの皆ドン引きしてるべ」


「あー、分かった。まさか司君、咲良の事好きになったんでしょ」


「な、違っ……俺は別にそんなんじゃねーし」


 黒崎の突っ込みに照れながら大岩が返事をすると、クラスメイト達がクスクスと笑い始める。なにこれ、いつの間にか流れ変わったんだけど……。


「僕はこの場で好きな女の子を庇うなんてカッコイイと思うけど」


「水沢まで裏切んのかよ……」


「ごめんごめん、冗談だよ。でもお陰で助かった、感謝する……」


 小さい声で水沢が呟いた。後ろの言葉は近くに居た奴らにしか聞こえてないはずだ。

 そんな彼が一歩前に出てからクラスメイトの方を振り返ってこう口にした。


「みんな聞いてくれ、よく考えたら僕たちは大事な事を忘れていた。そもそも体育祭なんて楽しんだもの勝ちじゃないか。確かに順位も大切だけど、まず楽しむっていう土台があってこそなんじゃないかな?」


「お、洋ちゃんいい事言うべ! 確かにそうだよな。それにまだ前半も終わってないし、これから取り返せるべ。皆もそう思うだろ、な?」


 石田がそうクラスメイトに問い掛けると、途端にざわつき始める。


「確かにその通りかも……」


「というかウチら何でこんなにピリついてるんだっけ?」


「ホントそれな、マジ受けるんだけど」


「体育祭とかいう行事なんて所詮遊びだろ、別にガチなる必要ないべ」


 クラスメイトが徐々に元の色を取り戻し始める。どうやら俺以外のクラスメイト達も薄々俺と同じようなことを思っていたらしい。まぁもっとお気軽にやろうって事だ。


 問題の根事態は深くなかったが、実際にそれを言葉にして場を調和するという事が出来るのは凄いと思う。多分俺が一生掛かっても出来ない芸当だ。


 もし俺が最終奥義ラストレクイエムを発動してこの場で大声を挙げていたら確実に珍獣扱いされていたに違いない。この場に置いて重要だったのは何を言うかは勿論、誰が発言するかどうかだったからである。やはり普段からの立ち振る舞いが大事なのだと、こういう光景を目の当たりにすると思い知らされてしまうものだ。この場に置いて、俺が出来る事なんて何一つ無かったのだから。


「咲良、ここに居てもしょうがないし元の席に戻ろっ」


「うん、ありがと……まゆしぃ」


 どうやら七宮の方もひとまずは大丈夫そうだ。まぁ目一杯黒崎に甘やかされるといい。そんな事思いながら俺もその場を後にする事にした。

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