21話 リレー選手決め

 六月上旬、ふと教室から窓越しに外を見やると今日も今日とて太陽が眩しい光を放っていた。もう既に梅雨の入りの時期である。お陰で屋外屋内も湿気でジメジメしていることが多く、俺のテンションもダダ下がりである。


 大体世の中狂ってる、何でこんな思いをしてまで学校行かなきゃなんねーんだよ。

 俺はクーラーの効いた部屋でダラダラと無駄な日々を過ごしたいだけなのに……。

 つーか最近流行ってるじゃんテレワークって奴が……この際学校も映像授業にしませんかね……。

 まぁグタグタ不満を述べたが、いつもよりは俺の機嫌も幾らかマシである。

 何故なら本来であればこの時間は外で体育があるのだが、急遽教室で授業を行うことになったからだ。


 どうやら体育祭が近づいているため、この時間を使って種目決めをするらしい。

 そんな訳で教卓にはクラス委員の水沢と黒崎が立っていた。彼らがこの場を仕切り、話を進めていくらしい。


 因みに塚センは教室の隅っこで鉄パイプ椅子に座りながら寝ていた。

 おいおい、職務放棄かよ……俺も寝ながら賃金稼ぎたい。

 なんて俺が益体のない事ばかり考えているうちに、どんどん話が進んでいた。


「体育祭の種目なんだけど、基本的には自分がやりたい種目を選んで被った場合はジャンケンでいいかな?」


 まずは水沢が最初にそんな事を口にした。

 ほーん、思ったよりも良心的じゃねーか。こういうのって大体運動部の男子がイキリだして主観で勝手に種目とか決めだすのがオチであるが、このクラスにそういうタイプの野郎は居ないらしい。いや仮に居たとしても水沢がこの場を仕切っている以上、下手な事は言えないのだろう。


「じゃあ種目決めはそんな感じかな。因みに体育祭は全員参加だから最低でも一つは個人種目に参加しなくちゃいけないから注意が必要だね」


 おいおいマジかよ、絶対に参加しなくちゃいけないのかよ……。

 クラスで行う団体種目だってあるのに個人種目にも強制出場とかあり得ねぇだろ。

 無駄に汗とか掻きたくないし、100メートル走だの200メートル走は絶対に避けないとな……。


 楽に終わりそうなものといえば借り物競争だが、孤高すぎる故に借りる相手が居ないから却下。クッソ、借り物お題を見てあたふたする俺の姿が目に浮かぶぜ! クラスメイトに対する見世物としては極上だろうけどな……。まぁそれは置いておいてマジで良さげな種目無いな……。まぁ後で適当に決めるか。

 そう俺が結論付けると、水沢がもう一度口を開いた。


「これで大方の流れは決まったけど、何か質問がある人は居るかな?」


 クラス全体に対して水沢が問いかけると、一人手をあげた奴がいた。

 ふとそちらを見ると、石田であった。


「俺から一つ疑問があるんだけど、リレーの選手はどうやって決めるべ? 流石にタイムが早いが順だよな?」


「そうだね。入学当初にやったスポーツテストの結果を基に決めようと思ってるんだけど、上位は結構僅差なんだよね。だから僕から提案なんだけど、今からもう一度タイムを測り直さないかい?」


 うへぇメンドクセェ……。そんな事をわざわざしなくてもよくないか? 

 あーでも自分で言うのも何だが、結構良いタイム出してしまったからワンチャン俺がリレーの選手に選ばれてしまう可能性がある。そうなってくると少し困るな。


「いいじゃん、やるべ! 早速外に行こうぜ!」


「分かった。じゃあ男子達は今から体操服に着替えて下のグラウンドに集合って事で」


 結局男子は測り直しか……。まぁ一回走るぐらいならいいか。


 ※※※※                   


 蒸し暑いな……。急遽リレーの選手決めをする為に俺を含めたクラスメイト達は外に出ることになった。男子は全員体操服に着替えており、女子は制服で下に降りてきていた。


 日陰で涼んでいればいいのに物好きであると思う。

 まぁわざわざ面白くもない50メートル走を見に来る時点で応援したい、或いはお目当ての男子でもいるのだろう。


 俺がそんな事を考えても意味のない事ぐらいは理解しているつもりだが、如何せん男子達の空気がいつもとは違うような気がするんだよな。

 もしかすると少しでも女子達にアピールをする為に気合が入っているのかもしれない。本当にそういうの勘弁してほしいぜ……。


 俺がそんな意味のない思考をしていると、前に並んでいる男子達が次々と走るのを終えて、もうじき自分の出番が回ってきそうだった。

 前から適当に二列になって男子が並んでおり、どうやら俺と一緒に走る相手は不運にも水沢洋介であった。


 彼の運動センス抜群で、一年生にしてバスケ部レギュラーらしい。

 恐らく足も相当早いのだろう。

 仮に俺が絶対に勝たないといけない状況に置かれていたら最悪の相手であったが、生憎俺にそんなしがらみはない。だからお気楽に走らせてもらうぜ……。

 と、そんな事を考えている内に前の人達がゴールをしたらしく、いよいよ俺の出番が回ってきた。


 近くには掛け声役の女子と、ゴール地点にはタイムを集計している七宮と黒崎が居る。

 そして、隣のレーンには一緒に走る水沢が立っていた。

 ふと視線を彼の方に向けると、何故か目が合った。


「立花君、よろしくね」


 爽やかな笑顔で水沢が声を掛けてきた。そのせいで俺はつい動揺しちまった。そもそも俺の名前を知っていた事に驚いた。流石は学級委員と言ったところか。俺なんてまだクラス内の女子の名前を一部しか覚えてないのに……。


「そっちこそな」


 無視するわけにもいかなかったので、俺は適当に返事を返した。

 まぁリレーの選手なんて絶対やりたくないから手を抜くけどな。

 ひとまず俺はスタートの構えをとる。


 すると、横から既にタイムを計り終えた石田と大岩が水沢に声援を送る。

 おーおー、人気者っすねー。ついでに遠くから見守る女子達からもエールが飛んでいるんだろうな。何だよこれ超アウェーじゃん。まぁ俺の場合日常風景全てがアウェーであり、ホームは文字通り他人に干渉されない家の中ぐらいしかないから別にいいけど。

 何て俺が思考巡らせていると、スタートの合図が間もなく掛けられる。


「位置について……よーい、どん!」


 クラスメイトの女子がそう言い終えたと同時に俺と水沢はスタートダッシュをかました。初動は若干俺の方が早かった。不本意ながらいい感じに成功してしまったらしい。


 ひとまず俺は50メートル先にあるゴールに向かって駆け出していく。

 視線の端には水沢の姿が見えた。

 なるほど……やっぱり一年生にしてバスケ部レギュラーだけはあるな。


 恐らくコイツはリレーの選手に選ばれるだろう。つまり、先にゴールをしてしまうと必然的に俺もメンバーに選ばれてしまう可能性が高い。


 仕方ない……当初の予定通り少し緩めるか。

 俺はゴールまで残り10メートル付近という所で僅かに勢いを落とした。直後に均衡していた状況は崩れ、俺が隣を走る水沢の後を追う展開になった。


 そして、結局俺は二番手でゴールする事になった。

 短い距離とはいえども結構疲れてしまった。

 お陰で俺は無様にも膝に手をついてしまった。運動不足が過ぎるな……。


「ハル君、大丈夫?」


 俺の背後から七宮が小さな声で呟いてきた。学校なのにその呼び名は止めて欲しい。


「あー気にすんな。体力ねぇからこんなもんだよ」


 本当はもう少し手を抜くつもりだったのだ。しかしながら水沢が思った以上に足が速かった故に彼のペースに引きずられて飛ばし過ぎてしまった。正直タイム的に、幾ら緩めたからといってもメンバーに選ばれるかどうかという意味では、安全ラインではないかもしれない。もっと確実にタイムを落とすべきだった。まぁもし選ばれてしまったら仮病を使えばいいか、最悪は……。なーんて事を考えていると、七宮のがボソッと何かを呟いた。


「ハル君、本当に馬鹿なんだから」


「あん? 何か言ったか?」


「何でもないし!」


 プイっと七宮が首を横に振る。全く何なんだよこいつは……。

 まぁ素っ気ない態度ぐらいが俺的には都合がいいんだけどさ。

 そんな事を考えながら俺は他のクラスメイトの男子のタイムを取り終えるのを待つことにした。

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