20話 デート⑥


 豪奢なシャングリラが備え付けられたリビングで俺と七宮は食事を取ることになった。

 先程部屋に訪れてきたメイドさんが料理をテーブルに持ってくる。

 まるでコース料理のように前菜からスープと順番に持ってくるので少し驚いてしまった。まぁそんなこんなで俺達はメイン料理らしいフィレステーキを食べ終わった後に満足げに休憩をしていた。


「こんなに豪華な料理が出てくるなんて聞いてなかった。お前マジでお嬢様だったんだな」


「別にこれぐらい普通だし……でも家に誰も居ない時は一人で食べるから寂しいかな」


 そう口にした七宮は儚い表情を浮かべていた。おいおいそんな顔するなよ、俺なんて毎日学校で一人飯決めているのだが? 屋上でも周りの甘ったるい空気に耐えられなくて、そろそろ隣にエア友達とか召喚するレベル。


「お嬢様は意外と寂しがり屋ですからね。転校する直前も友達が出来るか不安がっていましたし」


「な、別にそんな事ないし!」


「私は安心しましたよ。こうして家に友達を連れてこれたのですから」


「なっ……あたしとハル君はそんな関係じゃあ……」


「そうっすよ、俺とこいつは只の幼馴染なんで」


「なるほど……それは失礼致しました。友達ではなく恋人同士でしたね」


「違うし!」「ちげぇよ」


「……じゃあセフレ?」


「絶対ないし!」「なわけないだろ!」


「違うのですか? ……こんなに息ぴったりなのに」


 メイドさんは本気で困惑した表情を浮かべていた。こちらとしてはそういうのが一番反応に困る。つーか絶対内心で笑っているだろ。年下の男女からかって楽しんすかね……。


「こいつは俺と違ってちゃんとクラスに友達いるからな。それも陽キャラ集団の」


「それはお嬢様から聞きました。所で貴方はいつも誰と居るのですか?」


「あー、マリーそれ聞いちゃいけない奴だし……」


「あ、……ぷっ」


「メイドさん今俺の事笑ったよな? 絶対馬鹿にしただろ……」


「何の事でしょうか? 別に友達が居ないぐらい普通……ぷっ……です……ふふっ」


「隠す努力ぐらいしてほしいっすね……」


「マリー失礼だよ。ハル君可哀想だし」


「そうですね。私としたことが……先程のご無礼をお許しください」


 人を腫れものみたいに扱わないで欲しいな……。それだったら存在しないものとして誰からも触れられない方が精神的に良い。このメイドさんの場合、それをわかったうえで俺の事をからかっているような気もするけど。


「その対応せこいっすね……」


「ハル君の友達事情はともかく、あたし的には普通に居てもおかしくないと思うんだけどなぁー。今だって普通に話してるし」


 まだこの話続くのかよ。そろそろ胃に穴が開きそうだから止めない? この話題……。


「エリーは何か勘違いしてねぇか? そもそも俺は友達が出来なかったんじゃなくて、作らなかっただけだ」


「意味わかんないし、ハル君馬鹿なの?」


「別に友達なんて居ても居なくても変わらないだろうが、だから後者を選んだだけだ」


 確かに不便な時もある。体育でペア組む時とか、昼ご飯を食う時に若干周りの視線が痛いとか……。だが人はどんな状況にも対応できるように身体が作られている。俗に言う『慣れ』って奴だ。日常的に繰り返し行われることは、最初の内は辛くてもいずれそれが当たり前になって何とも思わなくなるのだ。これは実際に経験したことだから間違いはない。


「……やっぱり理解出来ない。ハル君あたしが知らないうちに変わったし! 昔はそうじゃなかったもん」


「そりゃあ人は変わるだろ。昔って何年前の話してんだよ」


「でも最後に会ったの四年前だよ? もしかして中学時代に何かあった?」


「……別に何でもねぇよ」


「おっ、珍しいハル君動揺してるし! 本当直ぐに顔に出……」


「うるせぇ、黙れっつの」


「な、そんな言い方しなくてもいいし……」


 気まずそうにしながら七宮が視線を逸らす。しゅーんと落ち込んでいた。

 ……あーあやっちまった。何熱くなってんだよ俺は。

 ただの日常会話だろうが。これがコミュ障の性って奴か……。


「悪かったよ。少しエリーの事を苛めたくなった」


「酷いし! そういうの絶対良くないと思う!」


「殿方のお気持ち凄く分かります。お嬢様はか弱い小動物系なのでからかいたくなるのです」


「マリーも悪ノリしなくていいから! ハル君直ぐに調子に乗るし」


「遺憾ながらメイドさんとは気が合いそうっすね」


「ふふっ、私もそう思っていました。所で殿方のお名前を教えて貰ってもよろしくて?」


「立花晴彦っす」


「じゃあ晴彦、私のことはお好きに呼んでもらって構いません」


「じゃあマリーさんで」


「分かりました晴彦……ふふっ」


 メイドさんが頬を抑えながら照れくさい仕草を見せていた。


「ちょっと! あたしを差し置いて二人でイイ感じにならないで欲しいし! というか何で急にイチャイチャするし!」


 バン! と勢いよくテーブルを叩きながら七宮が立ち上がる。

 急に大きい音出すなよ……びっくりするだろうが。


「まぁお嬢様、ジェラシーを妬かれているのですか? その様子もとっても可愛いですわ」


 メイドさんが小悪魔めいた笑みを浮かべながらそう口にした。


「あたしは別にそんなんじゃあ……」


「お前馬鹿なのか? そんな態度だから格好の餌食にされるんだよ」


 あまりにも七宮が滑稽だったので、俺は助言してやることにした。


「え? どういう事だし!」


「今のは演技っつーか。軽い冗談な」


「な、そうなのマリー?」


「当たり前ですよお嬢様。私がそこの腐れボッチの事をファーストネームで呼ぶわけないじゃないですか」


 メイドさんが真顔で毒を吐いてきた。さっきまで表面上は仲良かったじゃん……。


「サラッと火の粉撒くの止めろ。その温度差には流石の俺も付いて行けねぇっつの」


「さてと、私のストレス解消も済みましたしそろそろ仕事に戻りますか」


「流石に酷くないっすか……」


 俺はメイドさんの態度の変貌っぷりに呆れながら呟いた。

 とはいっても彼女には感謝しなければならない。あの時ノリに付き合ってくれたおかげで一度微妙になった空気を元に戻すことが出来た。

 計算してやったかは定かではないが結果的には助けられたのだ。


「お嬢様、そろそろ時間的に殿方を家に帰した方がいいと思われます」


「本当だ、もうこんな時間……ハル君外まで見送るし」


 時間は既に九時を回ろうとしていた。

 休日だし俺としてはまだ時間的余裕もあったのだが、空気を読んで帰ることにした。


 玄関を出て家の門戸の所で七宮とお別れすることになった。

 外はすっかり暗くなり、空を見上げると月が飄々と輝いていた。


「じゃあハル君、また学校でね。後、話しかけても無視しないでよね!」


「それは保証できねぇな」


「なら返事するまで無限に話しかけるし!」


「いやそれは普通に迷惑だから止めて欲しいな」


 ただでさえ俺のクラス内のヒエラルキーは最底辺の日陰者なのに、転校早々既に目立ちまくりの七宮が絡んできたら周りからの視線が痛くなる。


「むー、そこまで拒絶されたら何も出来る事ないじゃん」


「まぁ遠回しにそうして欲しいって言ってるんだから当たり前だろ」


「本当ハル君、あたしが知らないうちに捻くれたよね……じゃあ友達が嫌なら他の提案があるし!」


「何それ……」


「同盟関係を結ぶってのはどう? これならハル君も納得でしょ?」


「何の同盟だよ」


「例えばイラスト仲間とか? 今日だって元と言えばあたしの取材の為に誘ったんだし。だから今度はハル君の言う事聞いてあげる」


「あー成程……でもいいのか七宮? 俺は結構えぐい要求するかもだぞ。イラスト描く参考にお前にコスプレとか頼むかもしれん」


「べ、別にそれぐらいやるし……てか全然大したことないじゃん」


「スク水も体操服もいけるのか?」


「なっ……」


「やっぱり無理か」


「やるし! それぐらい全然余裕だし!」


「本当か?」


「うん……その代わり少しぐらい学校でも口聞いて欲しいな……」


「まぁ善処する」


「ふふっ、じゃあ決まりだね。学校で会うの楽しみにしてるから」


「そうだな……つかもう帰るわ、また学校でな」


「うん! ばいばいハル君」


 こうして俺は七宮の家を後にした。彼女が居なくなったのを確認した瞬間、無意識にため息を漏らしてしまった。それは先程の会話で出た同盟のせいだ。


 俺はまだ弱さを捨てきれていないのか————。

 自分の信念を曲げて、何かを取り戻そうとしている自身に腹が立った。

 俺はあいつの優しさに甘える訳にはいかない。何かを願ってそれが叶わないぐらいなら最初から切り捨てた方が楽だと知っているから。


 勘違いするな、あいつは只の幼馴染だ。

 俺はもう一度過去を立ち返って、今を見つめ直した。


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ここまでお読みいただきありがとうございました!

これにて第二章の終了です。


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