19話 デート⑤

 七宮の家にお邪魔してから、お迎えに挙がったメイドさんに夕食が出来上がるまで時間が掛かると言われたので、俺達は彼女の部屋で暇をつぶす事になった。にしてもサラりとJKの部屋に入ることになるとは……いや落ち着け俺、相手はただの幼馴染だろうが。案ずることはない……。


「少しだけ散らかっているかも知れないけど、気にしないでね」


 七宮が部屋の扉を開けながら俺の方を見てそう口にする。

 彼女に案内されるがままに俺は中へ足を運ぶ。


「お、おぉ……」


 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。先ほどに七宮が散らかっているかもしれないと言っていたが、部屋はかなり整理整頓されていた。白茶色のフローリングには薄ピングのカーペットが敷かれていて、部屋の隅には少女漫画らしきものが収納された本棚やクローゼットがあった。他にはシングルベッドの上にクマのぬいぐるみが置いてある。


 昔のことはあまり覚えてないが、あの頃とは色々と変わったのは確かだろう。

 そして何より俺が気になったのは、机の上に置いてあるペンタブレットである。

 遊園地で休憩しているときに少女漫画家になると言っていたが、どうやらあの話は本当らしい。


 後で詳しくその辺の事も聞いてみるか……何て俺が思っていると、後ろから七宮が声を掛けてきた。


「恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないで欲しいし……というか立ってないで適当に座ったら?」


「お、おう……。つか足元に猫居んぞ」


 七宮が部屋の扉を閉める直前に、廊下から白と茶色い毛皮を纏った一匹の猫が中に入ってきた。


「あー、この子はレオ君ね」


「ほーん……」


 俺は七宮が胸元に抱えたレオと名付けられた猫をジッと見つめる。

 猫の愛らしい瞼に思わず視線を奪われてしまいそうだ。つーか結構癒されるな……。


「この子ハル君に似て結構可愛いでしょ? あたしに一番なついてるし」


「別に似てないだろ……」


「ハル君、取り敢えずここに座ったら? それと見せたいものがあるんだけど……」


 七宮がふとそう口にした。部屋の真ん中には丸いガラステーブルがあったので俺は言われるがままにその近くに座ることにした。

 一方で彼女は部屋の隅っこの方にある引き出しから何かをゴソゴソと漁っていた。

 それからすぐにクリップで纏まられた分厚い紙の用紙の束を持って俺の隣に座る。


「ねぇ、ハル君はあたしと出会った時の事覚えてる?」


 小学三年生ぐらいだったか? 確かあの時初めて同じクラスになったんだよな……。

 どうして一緒に居るようになったかまでは覚えてないけど。


「さぁ? あんまり昔のことは……」


「あたしはハッキリ覚えてるよ、クラスで一人だったあたしにハル君が声を掛けてくれたんだよね」


 ……マジか。他人に自分から話し掛けるとか今の俺からは考えられない行為だな。

 それだけ昔は若かったというか、いい意味で純粋だったんだろうな。


※※※※


「おい晴彦、サッサと外に遊びに行こうぜ。昼休み終わっちまうよ」

「あー、ちょっと待って」

「何だよ、そんな絵ばっか描いてる根暗女放っとけよ」

「七宮、ちょっとイラスト見せてよ」

「う、うん……」

「うおっ、すげぇ~。滅茶苦茶上手いじゃん。お前天才なの?」

「え? まぁ天才ではないと思うけど……」

「今度俺にも絵の描き方教えてくれよ!」


※※※※


「あれから二人で放課後、家の通いっこしてずっと絵を描いてたじゃない? 流石にそれぐらいは覚えてるでしょ?」


「そりゃあな……そもそも俺が絵を描き始めたのもエリーがきっかけだし」


「ふーん、あたしが居なかったら今のハル君は居なかったという訳?」


「そこまで言ってねぇよ、調子に乗り過ぎ」


 とは言ったものの実際七宮と出会ってなかったら今の俺は何をしていたんだろうか? 遅かれ早かれイラストを描いていたような気がするが、昔から描いてなかったら多分商業デビューはまだ出来ていなかっただろうな。そういった意味では俺はこいつに感謝しなきゃいけないのかもしれない、少し癪だけど。


「まぁともかく、あたしはハル君にイラストを褒めてもらって救われたんだよね。だからありがと……それだけ言っておきたかったし!」


 笑顔で七宮そう口にした。

 急に昔話をしたかと思えばお礼を言ってきたり調子狂うなマジで……。


「んでそんな事を俺に言うためにわざわざ部屋に俺を呼んだのか?」


「違うよ。寧ろ今からが本命、さっきあたしが少女漫画家になったって言ったじゃん? だからハル君に賞取った時の原稿を見て欲しいな~って思ってさ」


 ああなるほど、七宮が手に持っている紙の束は漫画の原稿用紙だったのか。


「別にいいけど少女漫画だろ? ぶっちゃけ専門外だし気の利いた感想言える自信とかないんだけど……」


「いいよ別に! ほーら、早く読んで欲しいし!」


 そう言って七宮が強引に原稿を渡してきたので、俺はそれを受け取った。

 大きいA4サイズの紙で取り扱いづらかった故に、俺はベッドに横に背もたれをしながら原稿を読むことにした。

 一枚目を捲ると大きくタイトルが表示されていた。


『シュガー&ビターチョコレート』か……。如何にも少女漫画っぽいタイトルだな。

 それにしても彼女がチラチラとこちらの様子を見てくるせいで、若干集中できない。すげぇソワソワしてるし、緊張しているのだろう。そんなに無理しなくてもいいのに……。


 そんな事を思いながら俺は漫画を読んでいった。

 それから十分弱が経過した。

 読み切りだったので、俺は直ぐに読み終えてしまった。

 それに一瞬で物語に引き込まれたせいか、体感時間も短かった。


 物語はこうだった。人間関係が上手くいかず、親から蔑まされ友達もいない根暗の女主人公が同じ学校に通っている学年一のイケメンに言い寄られるというお話。設定は割とシンプルであったが、心を閉じたヒロインがイケメンな男子の優しさによって徐々に心を開いていく過程は良かった。


 そして何よりも、ヒロインの告白に対してイケメンの男子が実は異母兄弟である事を告げたシーンは中々来るものがあった。


 序盤は甘いラブコメだが、終盤の真実がビターって言ったところは上手くタイトルを回収している。まぁとにかく、確実に言えるのはこの漫画が面白かったという事だ。ぶっちゃけ彼女の才能にちょっと嫉妬しそうなぐらいだ。なんて俺が思っていると、彼女がこちらを見ながらこう呟いた。


「ねぇ、読み終えたなら感想教えてよ……」


「ん、まぁー何というか滅茶苦茶面白かったぞ」


「ほ、本当に?」


「ホントホント、つまんなかったら容赦なく毒吐こうと思ってたけどそんな気が失せるぐらい良かった」


「そっか、なら良かったし……」

 

 七宮がふと漏らしたと同時に、部屋の扉が開かれた。


「お嬢様、夕食の準備が出来たので報告に来ました」


 メイド服を着た美人なお姉さんが部屋に入ってきた。

彼女は黒髪ショートカットで表情は無機質で堅く、お人形さんみたいだった。

 年は大学生ぐらいであろうか? よく分からないけど俺達の一回り上であろう。

 結局俺たちはメイドさんに連れられてリビングに足を運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る