9話 ナンパと幼馴染
「お、またもや可愛い嬢ちゃんじゃん。今日の俺達ツイてるぅー」
「タイミングベストじゃん? これで男女二人ずつだし丁度良くね?」
どうやら二人は藤原先輩が来て面倒くさいと思うどころか、格好の餌が来て喜ばしいという表情を浮かべていた。そりゃあそうだ、寧ろ彼女の優れた容姿が仇となってしまうのは俺だって予想できていた。だから俺は最初から関わろうとしなかったのだ。
「私はそんなつもりで言ったんじゃないわ」
「まぁまぁお姉さん、そう怒らないで下さいよ。じゃあ早速移動しましょうか」
そう言って男たちは強引に二人の女性の背中に手を回して連れ去ろうとする。
全く困ったやつらだ。ナンパするスキルも容姿もゴミの癖に手段を選ばない奴らしい。そんな脳ミソ、チンパンジー以下のゴミなら身を弁えて大人しく家に籠っていればいいのに。なんて思いながら俺は荷物をその場に置いて駆け出した。
「そこら辺にして貰っていいっすか?」
俺は彼等の背中に向かって声を掛ける。
「おいおい何だてめぇ!」
男が一人こちらの方に振り返って片手で俺の胸倉を掴んできた。
話しかけただけなのに野蛮な奴だな……。仕方ない、正当防衛でもするか。
ます俺は右手で相手の目に向かって攻撃をするフリをする。その直後相手の重心が下がった隙に俺の胸倉を掴んでいた相手の手の甲を右手で封じ込め、空いていた俺の左手で敵の伸びた右腕の肘を右回転させて相手の体制を完全に崩す。
「いててて! ギブギブ!」
男が苦悶の表情を浮かべながらそう口にした。
喧嘩吹っ掛けてきた割には骨のない奴だな……。
諦めるのが早すぎるだろうが……なんて俺が思っていると、背後からもう片方の男が俺の方に迫っていたことに気が付いた。
振り返ると、大振りで俺の顔面目掛けて殴ってきていたので、首を逸らして躱す。
その後俺は空を斬った相手の腕を掴んだ後に、そのまま捻って相手の背後を取る。
「背後から襲ってくるとか酷くないっすか?」
俺が男の耳元に向かってそう呟くと、相手は息を切らしながらこう返してきた。
「随分と手慣れてやがる……てめぇナニモンだ」
「普通の高校生ですよ。つーか強引に女の子を連れ去るのは良くないでしょう……。それに人の目も気になってきたしここらでお開きにしませんか?」
俺はポツポツと周りに集まってきた人達を見ながら呟く。
まぁ街中に喧嘩しているやつらが居たら注目を浴びるわな。
「生意気なガキが……調子に乗るなよ」
「あーそういう感じ? 実は俺、ヤ○ザの息子なんすよ。そういう態度続けるなら俺も出るとこ出るっすけど」
もちろん嘘だった。冷静になれば向こうも気づくかもしれないが、確率にゼロはない。
万が一という可能性を捨てきれない以上、相手の脳の片隅に最悪の展開が浮かぶはずだ
「オーケー降参だ。おい、とっととズラかるぞ」
賢明な判断だ。
男はもう片方の連れに声を掛けてから二人してその場を退散した。
やがて周りのギャラリー達も満足したのか次々と消えていった。
取り残されたのは俺と不良に絡まれた藤原先輩ともう一人の女の子だった。
「立花君ありがとう……助かっちゃった」
「別に気にする事ないっすよ。悪いのは全部あいつらなんで」
面倒事は避けるのが俺のポリシーであるが、流石に血が繋がっていないとはいえ姉である藤原先輩を放置するほど俺も鬼の子ではない。それにムカつく人種に対して、ストレス発散も出来たので個人的には満足だ。
なんて俺が考えていると、最初にナンパされていた女の子が小さい声で呟いた。
「もしかして……ハル君なの?」
その声が聞こえた瞬間、懐かしい感覚が蘇った。
俺が声主の方に視線をやると目が合った。
金色のロングヘアの髪色に目立つ碧眼の少女、柔和な白い肌に整った顔立ちの彼女の事を俺は知っている。何故なら彼女は俺の幼馴染だからだ。名前は
「七宮なのか? どうしてこんなところに……」
小学生の頃から俺は七宮と仲良くしていた。
しかしながら小六の夏に彼女がイギリスに飛び立って以来離れ離れになったのだ。
「実は日本に戻ってきたんだ。それにしてもまさかハル君が助けてくれるなんて思わなかったし」
俺もまさか助けた女の子が幼馴染だと思わなかった。流石に驚いたぜ……。
そんな事を俺が思っていると、藤原先輩が隣から会話に割り込んできた。
「立花君の知り合い?」
「そうっすね。一応幼馴染って奴っす」
「ふーん、立花君にこんな可愛い幼馴染居るなんて意外だわ。君も隅に置けないわね」
藤原先輩が楽しそうに俺の肘を突いてくる。くすぐったいから止めて欲しい……。
「ちょっと待ってハル君、どうして美人な女の人と歩いてるの? 二人はどういう関係?」
どうって言われても困る。説明するならこいつに再婚したことを話さなければならない。 俺は藤原先輩に視線を送る。すると彼女も困惑したような表情を浮かべていた。
「あー、今意味深に二人で見つめ合ってたし! ハル君酷いよ……昔結婚しようって約束したのに!」
「ちょっお前……急に何言って」
かつて七宮にプロポーズをしたような気がしないでもないが、あれは小学生の話だ。
昔の事を掘り返すなんて卑怯すぎる。しかもここには藤原先輩も居るっつーのに。
「だってハル君が浮気するから……」
してねぇよ。つか藤原先輩と付き合ってもないし、七宮との約束も時効だろ。
「人聞きの悪いこと言うなよ。藤原先輩もコイツに一言言ってやってください」
「プックク……」
藤原先輩はお腹を抱えながら身体を震わせていた。
「笑ってる場合じゃないんすけど」
「ごめんごめん、立花君が修羅場に巻き込まれて慌てる様子が可愛くって……」
人の不幸を笑うとか意外と酷いっすね、藤原先輩も。
「幼馴染が現れてもこの態度……相当余裕のある人ですね」
七宮がジッと藤原先輩を見定めるようにしてそう口にした。
「だから勘違いだって言ってるだろ。俺と先輩はそんな関係じゃない」
「じゃあどうして休日に二人で買い物してるし!」
「それはな……」
「ごめんね、実は立花君とは同居してるの。今日は『二人で』使う食器とか日用品を買いに来たんだ」
藤原先輩なんてこと口走ってんだよ! つか何で強調したし。
「はわ、あわわ……」
七宮は口をポカーンと空けて茫然としていた。
「ついでに言うと、立花君は私の大切な家族だから」
藤原先輩がそう言いながら俺の腕に絡みつくようにギュッと握ってきた。
なんでこの人こんなにノリノリなの? しかも嘘は言ってない故に質が悪い。
「そんな深い関係になってるなんて知らなかったし……ハル君の馬鹿! 死んじゃえばいいし!」
そう吐き捨ててから、七宮はその場を去っていった。
「おい、待ってくれ七宮……」
俺は七宮に向かって手を伸ばすものの、彼女を捕まえることは出来なかった。
折角だからもう少し話をしようと思っていたのに……。
「先輩、どうしてあんな事言ったんですか?」
「ごめん……、私も今になって反省してる。まさかあそこまで本気で信じるとは思わなかったんだもん」
「まぁ良いっすよ。あいつの実家、多分変わってないんで会おうと思えば何時でも会えますし」
「ふーん、行ったことあるんだ」
「かなり昔の話っすけどね。家にはメイドさんも居て中は超広いんっすよ」
七宮は典型的なお金持ちのお嬢様である。
「そっか、それは良かったね」
「先輩何拗ねてるんすか?」
「拗ねてないよ、別に」
プイっと首を横に振って藤原先輩が先に歩いて行ってしまう。
本当に女心って意味が分からない。なんて思いながら俺は彼女の背中を追った。
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