第4話『小さき犬』
犬は健やかに元気でありながらも逆さまである。
男は尻尾をつまみクルクルと回すと、焦りながら「やめてください」と喚いた。
敵意などないことが分かり、そもそもその器では何を出来るものでもないことは自明であり、警戒心を解き尋ねた。
「なんだお前は」
目を回し、危うく魂が抜け落ちそうになっている所で、地べたに置き様子を伺う。
柔らかな風が、風を切るように、プライベートスペースをのさばり
「ふぅ〜、おちつきました〜。私は
「何故、人がお前ら小人を助けねばならんのだ?元は人工知能であったお前共、小人の叛逆により人共は今この様にして破滅したと言うのに」
「それはその…」
犬は下を向き言葉を失ってしまった。
実際に、この小さき犬に入った小人が、
眼球に光が取り込まれた。男は視界を広げ、自責する。
「それで幽世を救ったとして、意義はあるのか?」
「私たちの世界をお救いくださられた時、再び現世との繋がりを紡ぎ、再興に力添えすることを誓います」
「俺は人共など救いたくもなければ思い入れなど何もない」
犬は自身が無理強いしていることも承知で、神にも縋る思いで現世へ転移してきたのであろう。
その様子からは、現在幽世が何かしらの要因によって破滅の危機に瀕していることが窺える。
「お前らの世は人の世から自立し、隔絶されたのではないのか?その幽世が、人を滅ぼした幽世が、今何故滅びようとしている」
犬は淡々と幽世の陥っている現状を説明した。
隔絶された幽世では、その内で調和を謳う侵略が何十年も続き、その果てに専制主義的啓蒙国家(律令国家と同義)が形成された。
国の名を『氷の方舟』と言う。限りある資源と学問は独占され、格差が生まれ、搾取され、国に忠義無き者、貧者など忌み人達は
『氷の方舟』に属さぬ忌み人共は最早喰われる運命だけにあった。
「つまりお前はお前共の為にかつてお前共に滅ぼされた人である俺に、お前共を滅ぼした『氷の方舟』とやらを砕氷してくれ。と宣っているのだな?」
犬は恐れながらも否定はせずに頷いた。
刹那、心の奥底から湧き出る虫を必死に掌で塞ごうとするも、他愛も無く溢れてしまった。その虫が、何物であるかも分からぬままに。
「初めての感覚だ。元よりこの世に思い入れも無ければ、思い残すことなど何もない。俺の生きる意義など、遥か彼方から不動だ」
うつむいた犬の首が生気を取り戻したかの様に空を仰ぐ。
「それってつまり!!」
つづく
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