第3話『先祖帰り』
「この地区には
「フフ、私はずーっとここに居るけれど見たこともないわ、フフ」
「随分と穏やかな所なんだな」
「フフ、気に入って貰えたかしら?」
そう言い振り向いた女は、男が歪な機械音を立てている彼女の壊れた左脚に視線を向けていた事に気が付いた。
「フフ、あなたは随分と立派な義体をお持ちでいらっしゃるのね、フフ」
「ああ、これは16区の元軍事施設のラボで発見し換装した義体だ。換装するのに手間はかかったが良い乗り心地だよ」
「とても素敵 よ、フフ」
建造物の瓦礫で偶然完成されたその居住スペースが台形に枠取られた太陽の日差しに照らされていた。
建物の中は改造されそれぞれのプライベートスペースが設けられ、建物の影になり柔らかい風が見えるパブリックスペースには幾人かの人影が確認できる。
「フフ、ここが私たちのキャンプ よ、いらっしゃい。好きに見学していらして、ね。命力の供給フロアはあちら よ、フフ」
「ああ、好きにさせて貰う」
男は誰も踏んだ形跡のない若草を踏みながら日陰で座っている2人へと近付いた。だが2人は口を開けたまま虚空を見つめている。まるで何もかもが何物でもないことを知っているかの様に。
小さな風の手に煽られ、壁が抜けているプライベートスペースが連続した方を覗くと、空ろの人形が座っているばかりであった。
それは正しくも人ではあるが所詮、肉無き空ろな人など、人形と何が変わると言うのだろうか。
「ここにも特に面白そうな物はないか、遺産を探すとしよう」
男は空ろな人を横目に部屋を物色し始めた。
遺産の多くは情報媒体であり、遺産を読む限りではそれを本と言った。
紙媒体での本は非常に稀で古代文字も全てを解く事は難しいが
男にとってそれは"人に触れることの出来る最も簡単な方法"であった。男はそれにより自らの内に湧く情動を感じ、人たり得るのだ。
「ゔ、ぅ、ばあああああっぶるぁあああああああ!!!」
突如寝そべっていた人の形をしたゴミが奇声を上げ震え始めた。男が部屋に入り眼球に搭載された空間識別プログラムを起動した時には既に命力が尽き生命としては確実に終わりを迎えている筈であった。
「ああ、『先祖帰り』か」
男は理解する。先祖帰りはごく稀に、空になった人の器か、魂無きアンドロイド、または
だが"先祖"と言うのはただの妄言であり風説であろう。
遺産に記された古代の記録には、かつて人工知能である「
実際に男が先祖帰りを見たのは初めてであった。しかし先祖帰りしたその器も劣化が激しく妖しくも震えているばかりである。
「助けてください!助けてください!」
突如そのただ震えているだけの人形とは別に部屋の片隅から聞き慣れぬ若くも健やかな女の声が見える。しかしそこには到底、人の器がある空間も何もなかった。
「ワン!ワン!ワン!助けてください!ワン!ワン!ワン!おねがいします!」
それは布団とも言えぬ酷くやつれた布団の様な物の下から発せられていた。
「どうか、どうか私の声が聞こえている方がいらっしゃるのならどうか私の願いを、どうか幽世をお救いください!」
男は警戒しつつ隙間を覗くとそこには小さな薄汚れた犬の人形に先祖帰りした小人が必死に吠えていた。
「うわぁ〜んうわぁ〜ん、せっかく救世主様を求めて死に物狂いで奇跡を起こして異世界に転移してきたのに誰にも会うことが出来なければ意味ないよぉ〜、うわぁ〜んてかここどこなんですかぁ〜!真っ暗で何も見えない〜!」
キャンキャンと犬の人形が逆さまになり吠えている。男は物珍しそうにその手の平に収まるほどの小さな犬の人形の尻尾をつまみ持ち上げた。
「うわわわわわ、お、お〜!こ、こ!こんにちわ!」
つづく
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