■Episode08:夢のような日々でした
「最期だなんて、そんなこと言わないで! 修理でもすれば、まだなんとか……!」
「適切な修理を行う知識、修理を行うための工具・部品……これらを備えているのは今や、私しか居りません。そして私にはもう、それを行うだけの力が残っていない……」
「だとしても、諦めることなんてできないよ!」
ノウェアは顔を左右に振りながら叫んだ。
私を助けたせいで、こんなことに……後悔が募って、涙が溢れてくる。
「やっと出会えたのに……イヴと出会って初めて、独りじゃないんだって思えたのに……! なのに、あなたが居なくなっちゃったら……!」
「落ち着いてください、ノウェア様。最期の時間なのです。せめて、少しでも多くの言葉を交わしましょう?」
「……イヴは、どうして平気でいられるの? どうしてそんな簡単に、死を受け入れられるの?」
「心構えは、以前よりできていましたから。元より全身が老朽化しているのです。このような事態が起こらなくとも、数年の内に私の機能は停止していたことでしょう」
「でも……!」
「それに、今の私にはもう……心残りなどはありません。ノウェア様と出会い、共に過ごす……それ以上の望みを、私は持ち合わせていないのです」
「私、そんな大したことイヴにしてない……」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ノウェア様は私に、多くの幸せを与えてくださいました」
イヴは指の背中をノウェアの目尻に寄せると、こぼれ落ちる涙を拭った。
「ここ最近の私はずっと、満ち足りた気持ちでおりました。『今日が最期の日になっても構わない』……そう考えながら日々を送っていました。貴方様と出会ってから、ずっと」
「私と出会ってから……?」
「私は……この世に生を受けたその瞬間から、貴方様のことを知っていました。貴方様に付き従い、貴方様をお守りすること……それが、私というアンドロイドに与えられた使命でした」
「うん、聞いたことある……ずっと昔に、私を守るために色々なものが作られた、って」
「そう……その内の一つが私なのです。ですが、ノウェア様は目覚めることのないまま……長い時が過ぎていきました。十年、百年、千年……その間、空や大地が乱れ、人という種が姿を消しました」
ノウェアはとっさに、長い時間を独りで過ごすイヴの姿を想像して、胸が痛くなった。
「その間も変わらず、貴方様が目覚めるのを待ち続けましたが……そんな私も、過ぎゆく時に逆らうことはできませんでした。この身が、とうとう限界を迎えたのです。足の不調はノウェア様もご存知の通り……他にも、あちこちにガタがきています」
イヴはその言葉を裏付けるかのように、自らの手で痛ましく傷ついた脚をさすった。
「こんな身体では、与えられた使命を果たせない……そう思った私は、ある部屋に身を隠しました。そこで人知れず朽ちていこう。そんな風に考えていたのです。でも、そこに……ノウェア様が現れた」
「私が……」
「……夢のような日々でした」
イヴは視線を虚空へと向けて、呟く。
「ずっとお会いしたいと願っていたお方に会えた。それだけじゃなく……私と話すことを楽しんでくれている、顔を綻ばせている。これ以上幸せなことがあるでしょうか……」
彼女の顔には、晴れやかな、満足げな表情が浮かんでいた。
「ですから私にはもう、悔いなど残っていないのですよ。貴方様にお会いするという一番の願いを……叶えることができたのですから」
そんなイヴの様子を見てノウェアは、ようやく理解した。
彼女との別れはもう、本当に……避けられないものなのだ、と。
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