■Episode06:埃が晴れて
巨大な棚は、けたたましい音を立てながら床の上に倒れた。
しかしノウェアの身には……予想していた痛みも、衝撃も訪れなかった。
いや、わずかではあるが、衝撃はあった……自分の身体を思い切り、横から突き飛ばすような力が……。
しかしそれは、怪我につながるような強い衝撃ではなく、
倒れ込んでくる棚からイメージされるものとは合致しなかったのだ。
「…………?」
頭の中に浮かぶ疑問をそのままに、ノウェアは身体を起こす。
……しかし、周囲を確認することは叶わなかった。
棚が倒れたことによって、長きに渡って積もり積もった埃が立ちのぼり、視界を覆ってしまっていたのだ。
ノウェアは咳き込みながら目を細め、視界が晴れるのを待った……。
――と、その時。
「……イヴ、なの?」
棚が倒れ、自分の身体を押しつぶそうとする間際に、聞こえた声。
ノウェアは、唐突に理解した。
それが勘違いでなかったことと……それが、誰の声だったのか。
「イヴ、イヴ! 返事をして!」
間違いない。棚の下敷きになろうとしている自分を突き飛ばし、救ってくれたのは、彼女だったのだ。
「(どうして? どうして返事をしてくれないの、イヴ……?)」
ノウェアの脳裏に、嫌なイメージが浮かぶ。
自分を倒れ込む棚の外へと突き飛ばしたのなら……彼女は、自分が居たはずの場所に居るはずで……。
「イヴ……!」
埃が収まり、視界を取り戻すと……ノウェアの眼前には、
その予想と寸分違いない光景が広がっていた。
「ノウェア様……ご無事ですか?」
落ち着いた声色で問い掛けてくるイヴは、
腰から下を棚の下敷きにされた状態で……床にうつ伏せていた。
「ご無事ですか、って……それはこっちのセリフだよ!」
ノウェアはイヴのもとに駆け寄って、彼女の身にのしかかった棚の様子を確認する。
「どうしよう、びくともしないよ……。どうやってどかしたらいいかな……?」
「ご心配には及びません……自分で出られますから……」
またもイヴは、状況にそぐわない落ち着いた調子でそう言うと、
上半身を捻って左腕を棚に添え、それをつっかえ棒のようにして棚を押し上げながら、身を起こす。
動きはゆっくりとしているものの、棚の重さに苦心しているようには全く見えない。
こうしてイヴは、ノウェアが驚く暇もあたえず、棚の下から脱出してしまった。
大人の背丈程もある金属製の巨大な棚を、片手でやすやすと押しのけるイヴの様子を見てノウェアは、
イヴがアンドロイドであるということを、改めて理解した。
人間のように……実の姉のように思っていた彼女が、
マザーや、その周囲を取り巻くものたちと同じ、機械とプログラムによって構成された存在であることを、思い出したのだ。
それは、ノウェアがこれまで目を逸らそうとしてきた事実だった。
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