■Episode03:ノウェアとイヴ
マザーと別れてからもノウェアは淡々と施設の中を進み続けた。
曲がったり、階段を登ったり降りたり。
複雑な道のりだが、その歩みに迷いはない。
彼女はこれまで、幾度となくこの道を辿ってきたのだ。
歩みを進めていると、周囲の様子が次第に変貌していく。
壁や天井にはひび割れが目立ち、電灯の一部は明滅を繰り返す。
この変化は、マザーが管轄するブロックの外へと踏み出したことを示している。
この場所には、自走式の清掃ロボットも電灯や内壁の損傷を感知する修復ロボットも、出張ってくることはない。
やがてノウェアは、目的としていた部屋にたどり着いた。
彼女はノブに手を掛けると勢いよくドアを開けて、部屋の中へと駆け込んでいった。
「……イヴ?」
ノウェアは部屋の中を見回しながら、その名前を呼ぶ。
「ごめんね、遅くなっちゃって。今日はあなたに見せたいものがあって来たんだけど――」
そこまで言い掛けてノウェアは息を呑んだ。
ノウェアが呼びかけた先には、床に身体を横たえる女性の姿があったのだ。
「イヴ、イヴっ!?」
ノウェアは女性の元に駆け寄ると、その肩に手をかけて激しく揺さぶる。
「どうしたの!? 何かあった? どこか痛いの?」
「ノウェア様……? おはようございます……」
イヴと呼ばれた女性は、目を薄く開くとノウェアの姿を認めて微笑んだ。
「おはようございますって……大丈夫なの? 意識を失っているように見えたけど……」
「はい……ご心配には及びません。省電力モードからの復帰に時間を要してしまっただけで……」
イヴはゆっくりと身体を起こすと、壁に背中を預けて寛ぎの体勢をとった。
「そうだったの。もう、驚かせないでよ……」
同様にノウェアも、安堵の吐息を漏らしながら、イヴの隣に寄り添うようにして腰を下ろした。
「申し訳ございません。私のような旧型のオンボロですと、ちょっとした処理にも手間取ってしまって……」
「オンボロだなんて……そんなことないよ? 肌も、顔も……イヴはとっても綺麗だと思うけど……」
「お褒めに預かり光栄です。しかし、事実として……この身の老朽化は日々着々と進んでいます。特に下腿の損傷は激しく、もうまともに歩くこともできません」
イヴは自身の脚をさすりながら、苦笑いを浮かべる。
「アンドロイドという形態で生まれた以上、時の経過には逆らえないということでしょうね。……その点、あなたのよく知るマザーコンピューターは、プログラムという無形の存在として永遠に近い時を生きられるように作られていますが……」
「マザー……」
ノウェアは先程のマザーとのやり取りを思い出し、表情を曇らせる。
「……ノウェア様は、またマザーと喧嘩をしてしまったのですね?」
「え……どうして分かるの? もしかして……さっきのやり取り、聞こえてた?」
「いいえ……ノウェア様の顔色を見て、なんとなく」
そう言いながら、イヴは人差し指を伸ばしてノウェアの眉間に優しく触れる。
「ここに……シワが寄っていましたから」
するとノウェアは、イヴに触れられたところを中心に全身がじわーっと温まり、力が抜けていくような感覚を覚えた。
このイヴという女性型のアンドロイド……
彼女こそが、ノウェアの見つけた唯一の「希望」だった。
ノウェアにとってイヴは、マザーに続く二人目の話し相手だ。
しかしマザーとイヴの間には、数え切れないほどの違いがあった。
一言で言うと、イヴはとにかく人間じみていたのだ。
アンドロイドではなく、生身の人間なのではないかと信じたくなるほどに……人間じみていた。
目的や使命を重んずるマザーと違い、
イヴはノウェアと同じように、他愛もない雑談に興じることを好んだ。
スピーカーを通して呼びかけてくるだけのマザーと違い、
イヴはノウェアと触れ合うことができ、人間と同じように身振りや表情で、感情を表すことができた。
ノウェアが眠りに落ちる前の、遥か遠くの過去……
そこに置き忘れてきた「温もり」を、イヴは持っていたのだ。
そしてノウェアは、イヴと出会ったことにより初めて、
自分がその温もりを心から欲していたことに気づいた。
こうしてノウェアは、イヴを実の姉のように、心から慕うようになっていったのだ。
「嫌いだよ、マザーなんて……」
ノウェアは両膝を抱え込んで口を尖らせる。
「ああしろこうしろって、同じことを何度も繰り返すばっかりなんだもん……私はただ、イヴと一緒に過ごせればそれでいいのに……」
「私としては、ノウェア様にはマザーと良い関係を築いてほしいのですが……」
イヴは困ったような、笑ったような表情を浮かべながら呟いたが、ノウェアはその言葉に返答を返さなかった。
「あ、そうですノウェア様……『見せたいもの』ってなんですか? ほら、部屋に入ってくる際に、仰っていたでしょう?」
「見せたいもの……?」
僅かな時間、首を傾げていたノウェアだが、すぐに答えに辿り付き、ポケットに手を差し込む。
「そうだ……今日はこれをイヴに見せようと思って来たの……あなたなら何か知ってると思って……」
ポケットからそれを取り出されたそれを見て、イヴは目を丸くした。
「あら……これは。実物を見るのは数百年ぶりですね……」
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※本作は、Vtuber「Nowhere」のノベライズ作品となります。
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