第14章 明かり

 孝太郎が目を開けると、深い暗闇だった。何も見えない。光がない。ここは、自分が降りた地下室のどこかだろうか。

 腕が痛い。それに腕が動かない。両手を後ろ手に縛られている。これでは、今、何時かもわからない。

 口は塞がれていなかった。声を出すことはできる。だが、ここが地下室であるならば、外には聞こえないだろう。

 これはまずいことになった、フィルムを探そうとして、入ってはいけないところに足を踏み入れたようだ。頭がズキズキと痛んだ。かなり強烈に叩かれたようだ。出血はしているだろうか。

 誰が自分を殴ったのだろう。森玲子はマックスと散歩に出かけていたはずだ。散歩は、1時間は行くと言っていた。孝太郎が、離れの家にいたのは15分も経っていなかったから、まだ戻っていなかったはずだ。

 それとも、何かあって早めに犬の散歩から戻ったら、孝太郎がこの家に入っているのを見つけて、頭を殴ったのだろうか。

 いや、そんなことを、あの上品な森玲子がすることはないだろう。

 すると、この家には他に誰かいるのか。彼女は、今は一人暮らしと言っていたし、昨晩だって他の人の気配はなかった。

 では、自分を殴ったのは誰なのか。

 このままでは、らちがあかない。まずは手の自由を取り戻そう。なんとか縛られた手を動かそうとした。だが、きつく縛られていて、縄はほどけそうにない。次に、起き上がろうとした。足は縛られていなかったが、両手が使えないので起き上がるのは一苦労だ。

 右足はまだ腫れていたが左足は大丈夫だ。何度か、左足を蹴って、その反動で膝を使って体を起こすことまでできた。それからバランスを保ってかろうじて起き上がった。

 足に道具のようなものが当たった。押し込められたのは、地下室の物置のようだ。何かはわからないが、匂いからして工具のようなものを入れておく所ではないか。

 孝太郎はここから出ようとして、体を道具のようなものがある方とは反対に向けた。恐る恐る踏み出したが、何かとぶつかった。その何かは少し動くので扉に違いない。

 体の向きを反対にして、縛られている手が扉に触れるようにした。何度か触っていると手がドアノブに当たった。体の捩じりも入れてそのノブを回した。

 よかった。鍵はかかっていない。ノブをぐるりと回して、ドアを内側に引き入れた。体を引いて、少しずつドアを開けた。

 すると、広い空間から物置きのような場所に、すっと空気が入って来た。その出口に向かい、ようやく閉じ込められていた所から出た。相変わらず真っ暗だ。しかし、気持ちは少し広がった。

 その時、誰かが階段を降りて来る音がした。

 電気がついた。まぶしい。やはり、ここはフィルムを探していた映写室だ。

 孝太郎は、先ほど頭を殴った奴が、自分の様子を見に戻って来たのだと思い、身構えた。といっても両手を縛られているので、腰をかがめただけだ。

 地下室の扉が開いた。しばらく間があった。

「西村さん。ここで何をしているの」

 入って来たのは森玲子だった。どうも、孝太郎が離れの家に入ったことを知らなかったらしい。

「閉じ込められていたのです」

「どうして、そんなことに」

 観念して正直に答えた。

「実は、森さんが散歩に行かれた後に、こちらの家に入ってしまったんです」

「なぜ、お入りになったの」

「ボクが寝ていた部屋に映画のファイルがありますよね。いけないのは分かっていたのですが、目が覚めた時に、ファイルをつい見てしまったんです」

「だめよ、勝手に見ては」

「すみません」

「でも、どうしてここに」

「見てしまったファイルの中に森さんのデビュー映画の資料があるのを見つけたんです。それで、もしかしたら失われたと言われているデビュー映画のフィルムが、この家にあるのではと推測したんです」

「だから、ここに」

「そうです」

「あら、手はどうなさったの」

「これは・・・。誰かに頭を殴られて、気がついたらそこの物置のような所に手を縛られて押し込まれていました」

 森玲子は、こちらに近づいて後ろに回り、縛られた縄をほどいてくれた。

「ここは、ご覧になったように映写室になっています。私の義兄が作ったものなんです」

 そうか。映画プロデューサーだった鎌田だから、ここまで立派な映写室を作ったのだろう。

「お義兄さんは引越しされたんですよね」

「そうです。1年前まで、ここに家族で住んでいました」

 とすると、ここの資料は、鎌田が集めたものなのだろう。

「それにしても、西村さん、大変な目にあわれましたね」

「はい、すみません。また自分がいけなかったのです」

「でも、誰でしょう。それに物騒ですね。警察に連絡します」

「いえ、結構です。悪いのはボクの方なんですから」

「でも、誰かが入って来たなんて気味が悪いわ。やっぱり通報しましょう」

「本当に結構です。勝手に入ったのはボクなんですから」

 孝太郎は警察が来ると、そもそも隠し撮りをしていたことが警察にばれてしまい、まずいと思った。

「森さん、本当に申し訳ありません。もうこれ以上、ご迷惑をおかけできませんので、帰ります」

「歩けますか。お医者さまから安静にしなさいと言われていたでしょ」

 すぐにでも、この家から出た方がいい、もうこれ以上、長居はできない。しかも、今や、自分は誰かに狙われているらしい。

「森さん、これで失礼します」

 孝太郎は森玲子の横を通って、1階に続く階段に向かった。

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