第21話 病院で涙ぐむユキ

 ※

 病院にユキはいた。

 新しい病院の明るくて清潔な個室。でも部屋は広々として、少しさみしい。

 頭に包帯を巻かれ、絆創膏を顔に貼られたコーイチはやすらかな寝息を立てている。


 救急車内での蘇生措置が功を奏し、まもなく息を吹きかえした。担当医の話では、天使にほどこす霊的医療は必要ないらしい。呼吸停止の原因だが、ハルピュイアの攻撃の執拗さからくるストレスから身を守るため、一時的な冬眠状態に入ったということだった。だが、蘇生が遅れれば、命の危険があったのは否めない。


 治療が終わって、やがてコーイチは個室に運び込まれた。個室を頼んだ覚えはなかったユキだったから、受付に照会してみた。すると天使庁の采配だということがわかった。

 きっと今川先生が天使庁に一報し、それがコーイチの母の耳にも届いたのだろう。天使庁がおよぼす影響力の甚大さを肌身でひしひしと感じた。

 が、それがまた、天使が煙たがられる一因にもなっている。


 ともあれ心臓は再び鼓動を打ちはじめ、スムーズな呼吸ができるようになったのはたしかだ。けれどコーイチが眼を覚ますことはなかった。

 点滴を打たれながら昏々と眠りつづけるコーイチ。


 慌ただしい時間はようやく終わりを告げた。今日はほんとうに色々なことが起こった。ケンタウロス少女と坂田、天狗先生とハルピュイア駆除、<天使不適合症候群>で亡くなった生徒の話。それから全校生徒に襲いかかってきたハルピュイアの群れ……。


「コーイチ、よく頑張ったね。ありがとう。一人もケガする人、いなかったよ。これもコーイチのお蔭だね。お疲れさま」

 ベッドのかたわらに置かれた椅子にユキは座り、彼の頭を優しく撫ぜる。美しい少年はわずかに口元を綻ばせ、笑っているようにみえた。


 はたしてコーイチのみる夢には、どんな光景が広がっているのだろうか……。

「いい夢、見てたらいいんだけどね。……でも、わかんないよね、そんなこと」

 つぶやきが、コーイチに届くことはない。


 もしや、とユキは不安に駆られる。

 このままコーイチが目覚めなかったらどうしよう。生ける屍みたいに昏睡から覚めず、永遠の冬眠状態に入ってしまったとしたら?


 あるいは死神少女がいみじくも予言したとおり、ほど遠くない将来、コーイチの寿命が尽きてしまうとか。

 眠ったまま死んでしまわないとも限らない。


 と、その時。

「ん?」

 ブラウスの胸ポケットのスマホが震え、メールの着信を知らせた。死神少女ユリッペからのメールだった。文面を見ると、



 真田はとーぶん死なないからだいじょうぶだぁ~v(*^∀^♪ 森野、泣くなよ~



「泣いてなんかないよ。ばか」

 でも、いくら指で拭っても拭っても、涙があふれて止まらないのだった。


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