第20話 白い髪の少女、メタトロン
※
暗闇を歩いていることに気づいたのは、近くにオレンジ色した灯りが見えたからだ。
灯りが見えなければ、もしかしたら歩いていることすら意識せず、永遠の闇を彷徨っていたかもしれない。
――灯りがともる。それは心肺停止から脱したサインかもしれなかった。
蝋燭の火がゆれる。教会に供えられる聖なる火と同じ。
火があらわれては消え、また点灯するをくりかえす。さながら長いトンネルを歩くかのよう。そうしてコーイチを約束の場所へと導いていった。
やがて遥か前方に十字の青白い光があらわれる。まばゆい光だった。
出口だと思い、足を急がせる。十字もみるみるうちに大きくなってゆく。
とても眼を開けていることができず、腕で光から顔を庇う。
光はコーイチを呑み込んでいった。
コーイチ。
コーイチ。
誰かが呼ぶ声がする。
コーイチ。
コーイチ。
その声は潮騒を思い起こさせる。いつしか瞼の裏に青い海の映像がひろがった。優しい。とてつもなく優しく懐かしい声だった。
「コーイチ。光に耐えてよくここまでやってこれましたね。数ある天使群の中でも、この光の強烈さに耐えうる者はそうそういないのですよ。あなたの天使としての潜在的なパワーが偉大である何よりの証拠です。我が愛しい子。わたしの光に十分、拮抗し得るのは天上界広しといえどあなたくらいなものです」
白くて眼にしみる霧と思われたものは光の雲だった。やがてそこへ一滴墨汁を垂らしたようなシミがひろがり、模様をつくってゆく。
「久しぶりですね。あなたのことを思わなかった日は一日もありません」
母の優しい声だった。久しく聴いていない声だ。
垂らされた墨汁がひろがって模様をつくり、それがやがて淡い人のシルエットとなる。
眼が馴れるにしたがい、純白の雪を思わせるワンピースをまとった女性の形象となってコーイチにむかって微笑んだ。
白い髪の美しい少女。彼女もまた、コーイチとおなじ天使だった。
そしてコーイチと異なるのは、三十六対もの翼と三十万五千ともいわれる無数の眼を持つという点だった。
その天使の名を聖書偽典ではメタトロンと呼ぶ。
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