第18話 ケンタウロス少女、参戦す
「あなた、また嘘をついているんじゃないでしょうね?」
「ホントだって。こんな緊急事態下で嘘なんてついてどーすんだッ」
「それは信じてやってもいいぞ」
死神の小林由梨がニヤニヤしながら太鼓判を捺した。
「え、そうですの。でも朝のことは忘れたわけじゃありませんからね」
花林の顔が引きつり、嫌悪感を露わにする。
「べ、べつに俺は頼んじゃねーぞ」
「いいでしょう。キスとかじゃないんですから。それにあなた一人に全校生徒の命運をゆだねるわけにはいきません。さ、坂田。手を」
坂田もまた、おずおずとケンタウロス少女にむかって手を高く掲げる。照れているのだろうか。彼の顔は真っ赤だ。能力伝授のあいだだけ弾幕がどうしても薄くなるが、その分、ユリッペが至近距離に近づいたハルピュアを斬り捨てる。
花林のしなやかな手にふれ、そして再び離れてゆく。
「これで……いいの?」
少し物足りなそうな感じがして逢坂花林は首をかしげた。
「じゅ、十分だ」
頬を赤らめたままソッポをむく彼に対して、ケンタウロス少女は毅然と言い放つ。
「ありがとう。坂田。でも、あなたのこと、けっして許したわけじゃありませんからね」
微妙なニュアンスで礼を言われたが、坂田は返事をしなかった。
「さて、わたしが使うのはこれです」
と、すぐさま敵に対峙する花林。
彼女は両腕を前に伸ばし、手のひらを上にむける。と、そこに竪琴が忽然とあらわれた。竪琴を手に摑む。と、すぐさまそれは弓に形態変化する。
弓。それこそ星座でもお馴染みのケンタウロスの所持する武器だ。右手には光の矢が握られている。坂田が伝授した能力が光の矢となり、結晶化したといっていい。すかさず矢を弓につがえると、眼を閉じ、キリキリ弦を引き絞る。
と、手を放す。発射された矢は輝線を描き、ハルピュアを貫いた。ちょうど矢の軌道上に何羽もの怪物が重なり合うタイミングを狙って放ったのだ。次からつぎへと串刺しにされ、講堂の外へと飛ばされてゆく。
視覚に頼っていては到底、なしえない技であるのは間違いない。
瞼を閉じ、研ぎ澄まされた心眼でもって敢えて作為しないからこそ可能となる神秘の技倆でもあった。
「おいおい。凄すぎるぞ。俺の出る幕なんてねぇし」
坂田がぼやく。
「それでいいのです」
と、花林は清楚な小顔を綻ばせると朗らかに笑った。
矢をつがえ、次からつぎへと発射し、獲物を容赦なく平らげてゆく花林。その雄姿がみんなの心に勇気の灯をともしたらしい。これをキッカケに男女問わず志願者があらわれだした。魔弾の射手の魔改造能力に我も我もと殺到し、群がったのだ。
それからの展開はスピーディだった。一部の生徒を残し、先生も含めた即席の掃討部隊が誕生し、果敢にもハルピュイアを撃退していった。
「ふう、やっといなくなったな。坂田、お疲れさん」
死神の小林由梨が珍しくねぎらいの言葉をかける。
「坂田。あなたのこと、けっして許しませんが、少しは見直しました」
とはケンタウロスの姫君の弁だ。
クラスメイトからも称賛の声が上がり、坂田はいつもの勢いはどこへやら。すっかり委縮し、顔を真っ赤にして俯いている。まるで時ならぬ嵐が鎮まるのを待っているかのようだ。
「しっかし、魔改造の伝授の条件が手を握るだけで良かったな。おっぱいを揉むのが条件だったら、坂田、お前クラスの女子から嬲り殺されていたぞ」
ユリッペが楽しそうに坂田を追い詰める。
「か、勘弁してくれよ」
俯きながら悲鳴を上げる坂田。
やっと遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。通報してからまだ十分と経っていない。首府警察の対ハルピュア掃討用の特殊車両もそろそろ到着する頃合いだろう。長い時間、闘っていたように思うが……。
「コーイチ?」
講堂の床にぺたんと座り込んでいたユキが首をめぐらせた。光の翼でできたシェルターはいつしか消えていた。そういえば、抵抗一つせず翼をモンスターに啄まれままにさせていたのだ。相当な深傷を負っているはず。
ユキはよろよろと立ち上がるとコーイチを探した。
いない。
どこ?
どこにいる?
そして見つけた。
ひとりぼっちで倒れている少年を。
すぐさま駆け寄りると、上半身を抱き寄せる。コーイチは息をしていなかった。髪の毛が焦げる臭いがし、シャツは破れ、引っかき傷だらけになっている。涙がほとばしらせ、叫んだ。
「お願い! 一刻も早く救急車を! お願いっ!」
サイレンがいよいよ大きく鼓膜を打ち、その到着を知らせた。
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