第17話 魔改造重火器の炸裂

「ぶぶーっ。残念ッ。絶賛、お断り中ですッ」


 しかし、坂田の攪乱というか、迷いは瞬時にして吹き払われ、あとはとても晴れやかな表情で笑った。

「そっか、そりゃそーだよな。コーイチの奴が羨まし過ぎるぜ、ったくよぉ」

 自棄になって吐き捨てるが、サバサバして何だか嬉しそうでもある。


「えー、何、あんたたち、朝の空中散歩でどんな話題で盛り上がってたの?」

 訝し気に坂田を見るユキ。

 長閑に会話をするふたりだが、すぐそばで死神がハルピュイアをバッサバッサと鋭意殺戮中だった。が、さすがにたまりかねて口を挟んできた。

「えっとぉ、それで魔改造はどうなの? こっちもだいぶ、押されてきてるんだけど」


「小林はどうだ? お前の指も魔改造してやろっか?」

 折角の坂田からの申し出だったが、鼻でせせら嗤う。

「アホが感染するんで絶賛、遠慮中でーす」


「か、軽いな。お前、ホントに死神かよ」

「そんなことどうでもいいって。で、森野。指鉄砲の具合は?」


「それが……」

 ユキは困惑しながら眼の前で指を矯めつ眇めつしている。だがピストルの形状に変化する兆しはなく、ほっそりとした指のままだ。

「あ、あれぇ?」


「てか、俺を見るなよ」

 助けを求めるユキの視線が痛い。


「どうすりゃいいんだろ、これ」

「ばぁん、とか口で言ってみたら?」

 と無責任なノリのユリッペである。


 人差し指を伸ばし、ピストルの形にすると片眼をつむり、

「ばぁん」

 とユリッペに乗せられて言ってみたみたが、何も起こりはしない。


「ははは」

 照れ笑いで誤魔化そうとするが、それで事態が進展するわけではない。


「やっぱ無理かー」

「そのようだな」


 坂田が無双し、ユリッペのみごとな大鎌捌きではハルピュイアを撃退してきたが、そろそろ両人とも疲れの色が出始めている。コーイチの光の翼によるシールドも怪鳥の鉤爪でずたずたにざれ、喰い千切られようとしていた。首都警察に通報しているはずだが、救援はまだこない。襲いくるハルピュイアは増える一方だというのに。

 その時だ。


「森野っ。ユリッペ。さっきから何をしてるのですかッ」

 花林が叫ぶ。

 安全な場所からノホホンと座視していることに耐え切れなくなったのだろう。ケンタウロス少女の逢沢花林が胸を弾ませながら軽快なギャロップで馳せ参じてきた。


 だが、背後に一羽のハルピュイアが牙を剥き、迫っていることに彼女は気づかなかった。猛禽類のそれにも似た鋭い鉤爪が花林の頭部を捕えようとした、その瞬間。

 坂田が気づいたが、遅かった。ユリッペの鎌も届かない。

 やられるッ。




 ズドドドドドドォォォォォーーーーン。


 衝撃が身を震わせた。ユキは発射の反動で後方へと吹っ飛ばされる。

 飛ばされながら、なぜかスローモーションで事の顛末を目撃していた。指から赤い焔が指向性をもったビームとなって収束し、花林の頭上から襲いかかるハルピュイアを瞬時に蒸発させたのだ。

 そればかりか、講堂を所狭しと暴れまわっていた怪鳥の群れを火炎の渦が巻き込んで掃討し、あまつさえ天井までぶち抜いてしまった。


 ずずーん、と講堂が揺さぶられる。発射後、数十秒が経過するも微震が終息する気配はない。驚くべき破壊力だった。


「す、凄い」

 火の粉が雨となって降りつづける中、ユリッペが鎌を担ぐと爽快に笑った。


「てゆうか、これって恋の力かよ」

 と感心する坂田に対し、

「は? 恋の力? なにガラでもないこと、ほざいてんだよ、このサル」

 とユリッペが茶々を入れる。


 ユキは尻もちをついた状態で茫然としていた。指がまだジンジン痺れているし、腕まで痛い。

 もちろん花林を守りたい一心だったろう。だが彼女はユキの潜在能力のトリガーを引いたにすぎない。魔改造された指鉄砲のスペックは、その人間のポテンシャルに依存するとみていいだろう。


「森野ッ。大丈夫ですかッ?」

 逢坂花林が少しも息を乱さず駆け寄ってきて言う。

「何が起こったのか、よくわかんないのですが。でも、わたしを助けてくれた。ありがとう。感謝します……」

 天井を吹っ飛ばしたせいで外光が降り注いでいる。明るくなった講堂を見上げるケンタウロス少女。鳴き喚くハルピュイアの数もかなり減って静かになった。


 ユリッペがユキの手を摑んで立たせるが、まだショックがさめやらず、膝をがくがくさせている。

「へへ。ちょっと大丈夫じゃないみたい」

 苦しげだったが、ユキは心配かけまいと、わざとお道化てみせる。それが逆に痛々しいが……。


「お蔭でハルピュイアがずいぶん減った」

 とユリッペ。


「まだ、いるけどな」

 と言いながら二丁拳銃で坂田が応戦しているわけで、依然として脅威は去ったわけではなかった……。


「坂田がそんな技を持っているとは思いませんでした」

 と花林。

 朝のことがあったから軽蔑は隠しようもないが、魔弾の射手としての能力は評価しているといった口調だ。


「あたしのさっきの指鉄砲、あれは坂田くんの魔弾の射手としての能力を伝授されて一時的だけど魔改造したんだよ」

 ふらつく体を死神少女に支えられながらユキは言う。


「だが、もう一発発射するのは無理っぽいな」

 とユリッペ。

「うにー」


「なるほど。限定的な特殊能力というわけですね」

 抑揚のない口調だが、素直に感心している様子のケンタウロスの姫である。そして坂田に命じたのだった。

「では、わたしもその能力を頂戴したく思います。森野には休息が必要です」

 わたしも闘います、と宣言し、坂田にしずしずと近づく。


「能力の伝授を願います。どうすればよろしいのかしら?」

「ふぇっ。か、簡単だよ。手を握らせてもらうだけでいい」

「は?」

 逢坂花林の表情が怒気をふくみ、みるみる険しくなってゆく。室内の温度が急激に下がったが、気のせいではないらしい。

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