第13話 いじめ⑬

「言いたいことはそれだけですか?」

「な、何よ。貴女は関係ないでしょう!?」

「関係ない、と言ったらさっきの話のほうが関係ないと思いますが、とりあえず私が目撃したお話をします」


 それから、アズマは先に個室に桜が入っていたこと、その個室の中に三人が上からバケツで水をかけようとしたこと、それが誤って手を滑らせて三人にかかってしまったことなどを説明した。


「さっきから、嘘ばっかり! この子を庇おうとそんな嘘をついたって無駄よ!」


 北原の母が大声で抗議する。

 声のデカさでこの場をどうにかしようとしているのが見え見えで、周りの教師達も言葉を挟むでもなく、ただ早くこの場が終わることを祈っているばかりで使い物にならなかった。


(本当、親に流される教師ってしょうもないな)


「さっきから嘘だ嘘だとおっしゃいますが、普通に考えて三人同時にバケツで水をかけるって難しくありませんか?」

「そ、それは……うちの子達が仲がいいからくっついてたからそれで……」

「では、三人もいたのに桜ちゃんがおもむろにバケツを用具入れから取り出して水を入れているのをそのまま何もせずに眺めていたと?」

「そ、その子が変わってるから、トイレ掃除を始めようとしたのかとうちの子は思ったんじゃない?」

「昼食後にトイレ掃除を? さすがにいくらなんでもこじつけが過ぎると思いますけど」


 北原の母が言うことに対し、全て正論で切り返すアズマ。

 言うこと全てに反論され、だんだんと北原の母の身体がわなわなと震え出した。


「な、なんなのよ、さっきからごちゃごちゃと!! 私はその子と話をしに来たのよ! 貴女に関係ないでしょ!!?」

「あぁ、それはすみません、あまりに言い分が酷すぎてつい」

「な、なんですってぇえええ!??」

「桜ちゃんに聞くまでもないですよ。信じてもらえるなら見せるのもアレかと思ってたんですけど、この際仕方ないですね」


 アズマはそこでスマホを取り出す。

 すかさず「何で中学生が学校にスマホなんか!」と噛みついてくるが、「許可はちゃんといただいてますので」とスルーした。


「これ、見てもらえます?」


 そこに映し出されているのは昨日のトイレでの映像だった。

 そこには北原が主導し、西沢が個室の扉を押さえ、南が水を汲んだバケツを個室の上に置いていたところが映し出されている。


「な、何よ、これ……」

「ちなみに、この個室の中に桜ちゃんがいます。ほら、どう見ても画面に桜ちゃん映ってませんよね?」

「……っぐ、……」

「これ、バケツ持ってるの南さんですよね? ほら、それを北原さんは楽しそうに見てる」


 その後は南の方にバケツが倒れ、三人は水を被って大騒ぎしているところが映っていた。

 しかもその後、バッチリと桜が個室からそろりそろりと出てきたところまでも映し出している。


「これ以上、文句がありますか?」

「こ、こんなのデタラメよ!! そもそもこんな動画があるなんておかしいでしょ! どうせあんたが勝手に映像作ったんじゃないの!?」

「残念ながら私もここに映ってますし、この動画、匿名の誰かがSNSで流しているみたいですよ?」

「「「はぁ!??」」」


 アズマの言葉に北原の母だけではなく、校長や教頭までもが大きな声を出した。


「あ、アズマさん、それは本当かね!?」

「はい。さっきからクラスのSNSで誰が流したのかとかで盛り上がってますよ」


 SNSの中身を見せると、「うっわ、これヤバくね?」「北原達おわた」「誰だよ、これ流したやつ!」「バズりそう〜!」と生徒達の盛り上がってるコメントが次々流れてきており、それを見て真っ青になる教師陣達。

 校長と教頭は途端にそわそわとしだし、「これがマスコミに漏れたら」「教育委員会に漏れたら」「他の保護者に漏れたら」とぶつぶつと言い始める。


「と、とにかく、この動画が事実なら由々しき問題だ。東雲さんも被害者ということになるし、とりあえず北原さんも改めて今後のことを……」

「あ、あぁ、あぁああぁ……う、嘘よ……まさかそんな……っ、私これからどうすれば……」

「と、とにかく北原さん、今日は一旦お引き取りを! こちらでも事態を収拾せねばなりませんし、もっとちゃんと事実確認をしなければいけませんから。野地くん、北原さんのお母様をお送りして」

「は、はい……っ!!」


 力をなくした状態の北原の母の腕を担ぐように持ち上げる野地。

 そして校長からは「き、キミたちもとりあえずこれ以上遅くなったら大変だから、早く帰りなさい」と礼もなしに帰るように促される。


「わかりました、失礼します。行こう、桜ちゃん」


 呆気にとられる桜の手を引き、バタバタと騒がしくなった会議室を出る。

 もう日はだいぶ沈みかけ、赤い日が窓から差し込んでいた。


「あ、あの、ありがとうございます」

「いいのよ。桜ちゃんは大丈夫だった?」

「は、はい」

「ならよかった。あ、もしよかったら寄り道してく? アガツマが会いたがってたから」

「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 アズマがにっこりと微笑むと、戸惑いながらも笑い返してくれる桜。

 とりあえず北原は片付いた、とアズマは内心ほくそ笑むのだった。

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