第12話 いじめ⑫
「東雲さんは放課後、残ってください」
「……え?」
帰りのショートホームルームのあと、ツカツカと桜の前に来てにっこりと微笑む担任を前に、怖気づく桜。
それを見て、すかさずアズマが「このあと桜さんと私、一緒に帰る約束してたのですが」とあえて割り込むと「悪いが、彼女には聞かなければならないことがあるから、アズマさんは先に帰ってくれ」と担任は微笑んだまま答えた。
「それって、今朝のことです?」
「そうだよ。だからキミには関係ないことだ」
「だったら私も関係ありますよ。あの一件、私も目撃してましたから」
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかったのか、担任は一瞬不快そうな表情をするも、すぐさまにこりと微笑んだ。
「でも、今回の当事者は東雲さんだから。アズマさんには関係ないことだ」
「いえ、桜さんは友達ですからこのまま帰るわけにはいきません」
「友達って、昨日会ったばかりだろう?」
「昨日会ったばかりじゃ、友達だと名乗ってはいけませんか? 北原さんのお母さんだって目撃者がどうのこうの言ってましたし、証言は多いほうがいいのではないですか?」
アズマが食い下がると再び黒いオーラが溢れ出す。
(やはりこの担任、何かあるな)
見た目は優男風ではあるが、ニコニコとしている表情とは打って変わってオーラが淀んでいる。
恐らく自分の都合通りにことが進まないことへの苛立ちなのだろうが、ここまで思考と表情が一致しない人間を見るのは初めてだった。
「……わかりました。では、あまり時間もないですし、行きましょうか」
「はい。ほら、行きましょう、桜ちゃん。……大丈夫、私が守るから」
腕時計を見ながら、渋々と言った様子で担任からの許可が下りる。
そして、担任が背を向けたあと桜の手を引いて耳元で囁くと、ギュッと握り返された。
(……計画通り)
あまりここで一悶着起こしても利点はないと担任は判断したのだろうが、アズマの想定通りの結果になって、内心ほくそ笑む。
(さて、しっかり今までのぶんの返り討ちをさせていただこうか)
アズマはニヤリと口元を歪めたくなる衝動を抑えながら、桜と共にアウェーであろう敵陣へと向かうのだった。
◇
案内されたところは会議室だった。
(随分とまぁ、
中に入ると、校長と教頭と学年主任に北原の母がそれぞれ席についている状態であり、そこに担任も加わった形になるが、この中に桜単体での呼び出しというのは正気の沙汰ではないとアズマは思った。
もし彼女だけであったらきっと言いくるめられて北原の母の思う通りに話が進んでいたに違いない。
「何で貴女がいるの? 部外者は出て行ってちょうだい」
アズマが入ってくるなり噛みついてくる北原の母。
朝よりは多少落ち着いているものの、未だに怒りは健在のようで険しい表情をしている。
「部外者ではありません。私は昨日の出来事の目撃者です。こういうのは証言が多い方が信憑性がありませんか? それに、大人がこれだけ集まっている中に桜ちゃん一人というのは可哀想ですし」
アズマがわざと校長や教頭を見つめながら言うと、バツが悪そうに目を逸らされる。
なぜ当事者が呼ばれるはずなのに北原や南、西沢がいないのか、とも思うがきっと彼女達がいないほうが都合がいいからだろう。
「では、とりあえず目撃者も含めて、昨日起こった話をしましょう。とりあえず君達は席につきなさい」
教頭に促されて彼らの前の席に座る。
桜は可哀想に「どうしよう、どうしよう」と小さく呟きながら震えていた。
そのため、アズマは彼女の手を掴んで「大丈夫だから、ゆっくり深呼吸して座っててちょうだい。私が代わりに話すから」と桜にはまず着席するように促す。
桜は涙目になりながらもゆっくりと席についた。
「それで? 昨日東雲さんが北原さんや南さん、西沢さんにトイレで水をかけたっていうのは本当なのかね?」
「……ち、違います。わ、わ、私はやってません」
桜が震えながらも口を開いて言葉を吐き出す。
恐怖を抱きながら喋るのは難しいようではあったが、辿々しくはあったものの、ちゃんと事実を一生懸命喋っていた。
だが、その言葉にクワっと目を見開くと、北原の母は立ち上がってこちらに向かって指を差して叫んだ。
「嘘おっしゃい! 私は騙されないわよ!!」
「まぁまぁ、お母さま、落ち着いて」
「落ち着いていられますか!? うちの娘がこの子にとんだ辱めを受けたんですよ!?? 今日だってこのままじゃ学校に行けないと泣いて登校を拒否して……っ!」
さも自分は被害者だと言わんばかりに大声を張り上げる北原の母。
正直こんな三文芝居にアズマはうんざりしていた。
そもそもこの状況ははたから見たらただの糾弾会だ。
子供相手によってたかってみっともないったらない、とさすがのアズマもだんだんと静かな怒りが沸き上がってくる。
「そもそも東雲さんって、あの五丁目に住んでる東雲さんとこのお子さんでしょう? 確か、離婚なさってて母親に引き取られているんでしたっけ? 噂によれば、男から援助してもらって生活してるって言うし、そんなふしだらなおうちの娘ならグレて我が家のような上流家庭を羨んで妬むのも仕方ないわよねぇ」
「違っ! お母さんはそんなこと!!」
「あらぁ、知らなかったの〜? 夜毎、男性に送迎してもらってるって聞いているわよ〜?」
「それは、親戚の人で……っ」
「またまた〜。ま、そりゃ、事実は言えないものね〜」
下卑た笑みを浮かべながら、ゴシップをひけらかして愉悦に浸る北原の母。
それを聞きながら、拳を握り今度は怒りで震えている桜からは、憤怒の灼熱のようなオーラが滲み出ている。
桜にとって、母親が鬼門なのだと察しながらアズマはいい加減こんな茶番はしまいにしようとゆっくりと立ち上がった。
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