第10話 いじめ⑩

「ただいま〜」

「あ、アズマおかえり! あのあと、桜ちゃんは大丈夫だったの!?」

「うん、あのあと三人はそれぞれ保護者が呼ばれて帰っていったからね。その後どうなるかはこれからってところかな」

「そっか、なるほどね」


 恐らくだが、彼女達……いや、特に北原辺りは大人しくはしていないのではないかと予想するアズマ。

 あの様子だときっと桜を逆恨みしているのではなかろうか、とつい勘繰ってしまう。

 そして、ボスママだという彼女の母親もきっと黙っていないはずだ。


「アガツマ。ちょっとお願いしたいんだけど」

「何?」

「北原がどんなこと喋ってて、今何してるかとか調べられる?」

「そりゃ、できなくはないけど……」

「じゃあ、お願い。きっと彼女達、明日辺りにしかけてくるだろうから。それに対して僕も準備したいからね」

「わかったわ。桜ちゃんのためなら、労力は惜しまないつもりよ」


 珍しく張り切っているアガツマ。

 こんなアガツマを見ることは滅多にないので、なんだかとても新鮮だった。


「なんか随分と桜ちゃんに肩入れしてるけど、珍しいね」

「えー? そうかしら」

「いつものアガツマならあんまり首突っ込むこともないし、どっちかっていうと静観してるタイプじゃない?」

「まぁ、そうね」


 そう言って口籠もるアガツマ。

 彼女の表情はとても穏やかで、けれど何を考えているのかまでは理解ができなかった。


「アズマに言ったことあったっけ、私に妹がいたって」

「いや、初耳。アガツマ、お姉ちゃんだったのか」

「えぇ。ほら、出てるでしょう? ちょっと世話焼きなお姉さんタイプのオーラ」

「……言われてみれば確かに」


 世話焼きだというのは当たっている。

 やたらと面倒見がよくて、あれこれとお節介をして口出ししてくる部分があるのも姉であるからこそであろう。

 考えてみれば、アガツマは甘え下手であるし、長子あるあるな性格をしていたと今更ながらにアズマは気づいた。


「で、その妹に桜ちゃんが似てるのよ」

「桜ちゃんが?」

「見た目とか性格とかは全然違うんだけどね。あの子はどっちかって言うと勝ち気で小言が多いタイプだったし。でも、雰囲気がそっくりというか……」

「なるほど?」


 そう話すとアガツマは遠い目をする。

 その瞳の先には何が映っているのかはアズマにはわからないが、少なくとも何かしらの思い出に浸っていることはわかった。


「だからどうしても肩入れしたくなっちゃうのよねぇ。……こういうのって鬼失格かしら?」

「いいんじゃないかな? 僕だって夢魔の中ではイレギュラーな存在だしね。よくジオルグにも『お前は一族の風上にも置けないヤツだ』って言われるし」

「あぁ、アズマの従兄弟に当たるんだっけ? 真面目そうだものね、彼」

「正確には、もうちょっと遠い関係だけどね。基本的に僕達夢魔の性質は引っ込み思案か凶悪性サイコパスのどっちかだから、そのどっちにも属さない上に、人間のために働くっていう僕が気に食わないみたいだねぇ」


 ジオルグの話をして、アズマは自分の家族を思い出す。

 家族と言っても夢魔なので血の繋がりがあるとかそういうことはないのだが、生まれた順が近い夢魔同士で家族のように群れる気質がある。

 それを家族として見るならジオルグは年は多少離れていて、はとこくらいの遠さではあった。


「会うたびにアズマにいっつもつっかかってるイメージあるけど、その辺はどうなの?」

「どうって?」

「いや、アズマの家族からよく思われてないなら粛正とかされるのかなーって」


 酷く深刻そうに話すアガツマ。

 それがなんだか面白くて、アズマはプッと噴き出すとそのまま大笑いした。


「あっはっはっは、粛正? ないない! と言っても彼らが快く思ってないことは知っているけどね。……でも、僕に手を出せるやつなんて限られてるんじゃないかなぁ?」


 アズマがにっこりと微笑むとその笑顔の凶悪さにアガツマの肌がザワッと粟立つ。

 日頃からアズマには得体の知れない部分があるとは思っていたが、その片鱗が顔を出しただけでアガツマさえも恐怖するというのは相当であった。


「そういう意味ではジオルグは怖いもの知らずな部分では買ってるよ? 彼は不本意かもしれないけどね」

「そう、なるほどね」


 いつものアズマの雰囲気に戻り、ホッと胸を撫で下ろすアガツマ。

 彼女もそれなりに強く凶悪な鬼ではあったのだが、それを上回るほどの力がアズマにはあった。


「ということで、北原のことよろしくね」

「えぇ、わかったわ」

「そういえば、お弁当美味しかったよ。さすがアガツマだね。料理上手な奥さんっていいよね〜」


 さらっと何気なく褒めるアズマ。

 まさか突然そんなキラーパスのような言葉を言われるとは思わず、身構えてなかったアガツマは一瞬で赤面する。


「ほ、褒めたって何も出ないわよ!?」

「そう? それは残念。たまにはキミの手料理も食べたいな、って思ったんだけどなぁ……」

「そ、そういうとこ! 本当タラシなんだから!!!」

「え、普通でしょ。いつも僕はアガツマに感謝してると思うんだけど」

「だから言い方!!!」


 そんな変な言い方したかなぁ、と思いつつ、赤面のままプンプンと怒りながら弁当と共に奥に引っ込むアガツマ。

 女心はわからない、と改めて思いつつ、アガツマへ何か別のお礼をしなければと考えるアズマだった。

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