第9話 いじめ⑨
(あぁ、美味しかった。アガツマには感謝しないとな)
この学校の昼食は弁当だったので急遽アガツマに作ってもらったのだが、赤に緑に黄色に茶色と弁当の中身は彩りよく構成されていて、アガツマの女子力の高さに改めて気づかされたアズマ。
よくよく考えてみたらお手製の弁当を食べるのって初めてだと気づいて、ちょっと嬉しくなる。
(たまにはこういうご飯もいいなぁ。今後もたまに作ってもらうとしようかな)
そんなことを考えていると不意にガタン、と隣から音が聞こえてそちらを向く。
すると、ちょうど桜が席を立つところだった。
彼女も昼食は食べ終えていたようで、机の上は綺麗に整頓されている。
どこに行くのかとなんとなく目で追うと、どうやら行き先はトイレらしい。
(食事のあとだしね。……彼女がいない間何か悪戯されないか荷物番でもしておこうか)
さすがに性転換してるとはいえ、護衛としてトイレにまでついていくのはまずいだろう。
彼女も僕に見られたくはないだろうし、とアズマは大人しくしているつもりであった。
だが、桜のあとを例の三人組がこっそりとあとをつけるように追いかけているのが目に入り、視線で彼女達を追うと、彼女達は桜を追いかけるようにトイレへと入っていくのを目撃する。
(あー、もしかして早速尻尾出しちゃう感じ?)
なんとなく彼女達のオーラから察するに何かよからぬことを考えているらしいことはわかる。
そのため、桜には申し訳ないと思いつつもアズマは静かに彼女達のあとをつけ、そーっと離れながら様子をうかがうのであった。
◇
「南はバケツに水くんで。ニッシーはドア押さえといて」
北原が何やらコソコソと二人に話しているのが見える。
彼女達が立っているのは扉の閉まった個室の前で、どうやらその中には桜が入っているようだ。
「……っ、あれ、ドアが……っ」
水が流れる音と共に、用を足したであろう桜がドアを開けようとするも、扉が開かないで戸惑っているのがこちらにも聞こえてくる。
それを見ながらクスクスと下卑た笑みを浮かべながら、三人は水を溜めたバケツを個室の上に置こうとしていた。
(うわぁ……、今時そんな古典的ないじめする?)
アズマは呆れながらも、さすがにこれは見過ごせないと後ろ手で印を結ぶ。
そして、「
すると、桜の個室の上に掲げていたバケツが突然、三人組側のほうに傾く。
(あぁ、これ、証拠として撮っといたほうがいいな)
アズマがすかさずスマホで撮影する。
そして、彼女達が「「「え?」」」と言った瞬間、勢いよくバケツはひっくり返り、バシャーーー! という大きな音と共に北原、南、西沢の三人組は全員バケツの水を引っ被った。
「きゃああああ!!」
「何で何で!?」
「どうして! 信じられない!!」
「どうした! 何があったんだ!?」
三人がキャアキャアと喚き立てるのを聞きつけた先生達が慌てて女子トイレに駆けつける。
するとそこには、びしょ濡れで下着やら肌やらが濡れてブラウスから諸々が透けた三人組がいた。
「や! やぁああああ!!」
「ちょ、先生こっち来ないで!!」
「女の先生いないの!? ちょっと、やだもう……っ」
恥じらうように彼女達は腕で身体を隠す。
その騒ぎに乗じておずおずと桜がトイレから脱出するのを見届けてから、野次馬に紛れて「もしよかったら、これを使ってください」とカバンからタオルを取り出すアズマ。
「それで身体を隠して保健室にでも行ったほうがいいですよ?」
「言われなくても保健室行くわよ!」
「早く寄越しなさいよ!」
「あーもー、お前ら全員こっち見んな!!」
好奇な目に晒されて、悪態をつく彼女達。
(あれだけ大騒ぎしてたらみんな野次馬するのも無理はないだろうな)
実際思春期の男子達には格好の餌であろう。
彼らは興味津々で彼女達をまじまじと見つめ「うっわ、えろ!」「やば、勃ちそう」「ひゅー! 結構でかいんだな、あいつら」と下世話なことを口々に言っている。
それを「やめなさいよ〜」と男子生徒達に指摘しつつも、ニヤニヤしている女子生徒もいて現場はかなりの混沌と化していた。
その状況を眺めながら、思春期ヤバいな、と今まで見たこともないくらい様々な感情のオーラを見て素直に驚くアズマ。
人間の本質を垣間見た気がして、アズマもそんな彼らに好奇心がちょこっと顔を出すが、今はとりあえず桜の安否だ、とコソコソと教室に入り自分の席で大人しくしている彼女に「大丈夫?」と声をかけた。
「は、はい。大丈夫です」
「そう。ならよかった。怖かったでしょう? もう大丈夫よ」
「あ、ありがとう、ございます」
ガタガタと震える桜の頭をぽんぽんと撫でる。
いくら自分にかからなかったとはいえ、あの状況というのは恐怖には違いなかった。
それにしても……
(随分とあからさまないじめだな。今回彼女達が水を被ったから大騒ぎだったが、これがもし桜ちゃんだった場合どうなっていたか……)
恐らく、今回のような騒ぎにはならなかったのだろうと推測しながら、この一件が今後どのように作用するか、とアズマは桜の頭を撫でながら考えるのだった。
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