第18話 新人いびり⑱
「アズマさん、先日はどうもありがとうございました!!」
「烏丸さま、ご無沙汰しております。その後はいかがでしょうか?」
「えぇ、それはもう! あの三人が辞めて以来新人も定着しまして。私も社員達と仲良くなってお互い忌憚のない意見交換などもできるようになりまして、おかげさまで業績も上がって調子も鰻登りです」
「それはよかったです」
「みんなアズマさんのおかげです! 本当にありがとうございます!!」
「いえ、お力添えができて何よりです」
ニコニコと人の良い笑みを浮かべるアズマ。
あの一件が片づいてから約半年、カラスマ工業は烏丸の言う通り新人が入社してもすぐに辞めることもなく、職場内の雰囲気も明るくなり、以前に比べて全体の給与も上がってさらにやる気アップに繋がっているようだ。
ちなみに田町が退職した代わりに、清田が課長へと異例の出世を果たしたそうだ。
元々彼は周りをよく見てフォローをするのが得意だったので、それを生かして部下からも信頼が厚い上司として活躍しているらしい。
実際に万事順調だと聞き、アズマは満足した。
「引き続き、この調子で頑張ってください。あぁ、あと忠告しておくのであれば、常に人は向上するものではありません。働きアリの法則でもあるように、全員が全員働くわけではないですから、その辺は今後も烏丸さまが社員に関わっていくことで防いでいってください」
「わかりました。今後も気をつけます」
「あと、権力や仕事はまとめないほうがいい。一極集中すると何かの拍子に一気に瓦解します。また、不正なども起こりやすい。ですから、こまめなチェックと配置換えもお忘れなく」
「わかりました。本当にアフターケアまでどうもありがとうございます!」
烏丸がふんふん、と素直に頷いているのを見て、これ以上何も言うことはないだろうとアズマも実感した。
これ以上の介入は烏丸ないしカラスマ工業をダメにしてしまうだろう。
「でも、報酬など本当によろしいんでしょうか? 何から何まで色々とお世話になったというのに」
「えぇ、報酬は結構です。ですが……」
「ですが、なんでしょうか?」
「貴方の心をいただきます」
「え?」
パンっ!
烏丸が呆気に取られている表情をしていると、アズマ大きく手のひらを叩く。
すると烏丸の意識が一瞬で飛び、がくんと身体が前に崩れると同時にぴょんと心が飛び出した。
「うんうん、大喜びしていただいたようで何より」
烏丸の心は無色透明で澄んだ色をしていて、ほんのりとい草の薫りがしていた。
形状もつるつるととても綺麗で、触り心地もよく、よい心だといえる。
「では今回のぶんの記憶と喜びをまとめてもらって……っと」
アズマは烏丸の心に触れ、今回の一件の余分な記憶とそれに付随する感情を抜き取る。
そして、必要なぶんだけいただくと、そのまま彼の心を元に戻した。
「さぁ、いい夢を、烏丸さま。今回のことは忘れても、僕が言ったことをちゃんと覚えていればきっとカラスマ工業は大丈夫ですよ」
そうアズマが烏丸の耳元で囁くと、印を結ぶ。
そして「
「アガツマ、あとはよろしくね」
「はいはい。帰宅させて後処理すればいいんでしょう? 任せて」
アガツマは烏丸を抱えると、ずぶぶぶぶ、と足下に発現させた闇に沈んでいく。
そして、とぷり、と姿が見えなくなったのを確認すると、アズマは烏丸からもらった心を口に含み、そのままごくりと飲み込んだ。
「うーん、ちょっと青臭いけどほんのりと甘くて瑞々しいって感じかな。ふふ、悪くない味だ」
◇
「お疲れさま、アガツマ」
「はいはい、どういたしまして。まぁ、今回は報酬多めにもらえたからいいわよ」
「さすがアガツマ、優しいね〜。そういうとこ好きだよ」
「っ、きゅ、急にデレるのやめてよね!」
「デレる? 本心から言っただけだけど」
「はぁ、もう、私じゃなかったらアズマ、絶対痛い目見るからね!?」
「え、なぜ……?」
理不尽にキレられてアズマは困惑するも、アガツマは理由を教えてくれず、「僕もまだまだだな」と人の感情の機微をもっと勉強しようと密かに心の中で誓った。
「そういえば、これがその後の調査報告」
「ありがとうアガツマ。助かる」
渡された資料に目を通す。
というのも、アズマは今回裁いた三人のその後を追っていた。
彼は毎回粛正した相手のその後を見るまでが仕事だと自負しているからだ。
「根津は記憶の欠如が見られるが、そのあとの体調は万全。カラスマ工業退社後は介護施設で優れた体力と腕力などを生かして成績も上々、か。うん、いい傾向だね」
「アズマ、わざと悪い記憶抜いたんでしょう?」
「そりゃ、今後を生きるためには負の記憶を持ってたら善の行いをできないだろう?」
「そういうものなの? でもそれを背負って生きていく、ってのもアリじゃない?」
「それはそれでアリだとは思うけど、手法は人によるのさ。根津は悪い記憶に引っ張られやすいが単純で素直ではあるからこれが最善なんだよ」
「ふぅん」
まだアガツマは納得していないようだが、アズマはアズマなりにポリシーがあった。
魂は奪えど殺さない。
悪行をしたからといって命での償いをさせるのではなく、できる限り社会にとって良い状態に変えていく、というのがアズマの考えだった。
……もちろん例外は除くが。
けれど人間が好きで観察、研究をしているアズマにとってはこれが最良の方法だと自負していた。
「で、次は真野。カラスマ工業退社後、慰謝料を田町の妻に支払い後、自分を探す旅に出る。そして、そこで出会った人と親交を深めている、と。真野の魂はあんまり弄らなかったんだっけ?」
「えぇ、そうそう。一応、良心の呵責があったみたいだし。魂の歪な部分だけもらったら憑き物が落ちたみたいに穏やかになって、きちんと自分の罪を自覚できるようになったみたいだから。田町の奥さんにも誠心誠意謝罪してたし、あえてそのままにしてる」
「ふんふん、なるほど。それはいい傾向だね〜」
真野は恐らく田町とくっついたことで負のエネルギーに引っ張られたのだろう。
烏丸曰く、元々の性格はあんなにキツくなかったというし、きっと環境や年月によって色々と蓄積した結果あのような感じになってしまったようだ。
「で、最後に田町はあのあとカラスマ工業を退社、一時離婚騒動が勃発するも再構築。妻の両親と同居し、心機一転遠洋漁業で慣れないながらも奮闘中、と。……たまに悪夢に悩まされているようだ、ってここの記述いらなくない?」
「えー、だってアズマわざと種残してきてるでしょう」
「あー、バレた? 執行猶予みたいなものだよ。あれが芽吹いたら今度こそ、ってことさ。ほら、芽吹かなくても随時エネルギー供給できるっていいことじゃない? 彼の負のエネルギーを吸って善行を促し、僕はそれを美味しくいただく。うん、ウィンウィンの関係だね」
「はいはい、そういうことにしておくわ」
いずれも問題なく生活できていることを知って、満足するアズマ。
今回の依頼も大成功であった。
第一章 終
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