第二章 いじめ

第1話 いじめ①

「ちょっとアズマ、今回の報酬これだけ〜?」


 机の上にちょこんと置かれた魂を見てあからさまに不満そうなアガツマ。

 実際、大きさは一口チョコレートサイズ。

 一般的にこのレベルは、訳ありで処分されるくらいには大したことない代物であった。


「そう文句言わないでよ、アガツマ。今回はあんまり実入りが良くなかったんだよ」

「むぅぅぅ。……まぁ、ここで文句言ったところで増えるもんでもないから諦めるけど。てか今回の依頼は嫁姑問題ですっけ? 色々と縛りがあって、人間も厄介よねぇ」

「そこはまぁ、良し悪しがあるんだろうけど。どこの国でも勃発してることだし」

「でも、そこまで実入り悪いなら受けなきゃよかったのに」

「こらこら、アガツマ。そんなこと言うけど、些細なことから難儀なことまで承るのが僕なんだから。それに、意外な案件で思いもよらない利益になることだってあるんだし、安易に断ることはできないよ」

「それは……確かに。そうかもしれないけど……」


 不貞腐れるように口を尖らせるアガツマ。

 昔に比べて人間らしさが増したような気がするのは気のせいだろうか。

 アズマは自分よりも先に人間らしさを持っているアガツマを羨ましく思いながら、席を立った。


「アズマ、どこ行くの?」

「ちょっと散歩してくるよ。もしかしたらどっかに案件が転がってるかもしれないし」

「えー、今から? ねぇ、私そろそろ帰りたかったんだけど!」

「ちょっとだから、その間の留守番よろしくね〜!」

「ちょ、アズマ!! ……もうっ。頑固だし意地っ張りで、変なとこプライド高いんだから」


 アガツマに静止されるも聞かないふりをして外に出るアズマ。

 実際、今回の魂は実働に見合ったものではないことはアズマも実感していた。

 そのため、アガツマに言われるまでもなく、正直物足りなさがあったのも事実だがアズマのプライドとしてそれを認めたくなかったのだ。


(どっかにいい案件転がっているといいなぁ)


 すん、と匂うとどことなく雨の匂いがする。


(もしかしたら一雨来るかな? 依頼を受ける日には好条件だけど、さて)


 雨には陰鬱がつきものだ。

 ちょっとは期待できるかな、とアズマは口元を歪めると、負の意思が集まりそうなところに向かって歩き出すのであった。



 ◇



「これでいい、これでいいのよ、私。ママ、せっかくここまで育ててくれたのに、ごめんね」


 少女が一人、闇夜に紛れてビルの屋上に佇んでいた。

 先程ポツポツと降り出した雨は時間と共に本降りとなり、まるでバケツをひっくり返したような土砂降りへと変わっていく。

 傘もささずに少女は濡れ鼠となり、冷たい雨に打たれて身体が酷く寒くて震えながらも、鉄柵から下を覗きこむ。

 そこにはミニチュアのように小さくなった人や車が走っていて、ひゅっと息を飲むほどの高さに思わず目が眩んだ。


「何をやってるのかな?」


 不意に声をかけられ少女が勢いよく振り向くと、そこには細身の男が立っていた。

 モデルのような出で立ちで、暗がりでもわかるくらいこの場には相応しくない美しい顔。

 少女はつい惚けるように見つめるが、ハッと我に返って「こ、来ないで……っ!」と叫んだ。


「来ないでって言われても……そこは危ないよ?」

「そ、そんなのわかってる! わかっててここに来てるんだからっ」


 少女は死のうとしていた。

 だからこそ、冷たい雨の中、傘もささずに高いビルの屋上のふちに立っていたのだ。


「死ぬ気なの……?」

「っ、そうよ、だから私はここに……っ」

「うーん、でもキミがここから落ちて、もし巻き添えになる人がいたら? そうしたら自分だけじゃなくて他の人を殺すことになるよ?」

「え、っと、それは……」


 先程まで気を張っていた少女の瞳が動揺で揺れる。

 恐らく、幼さゆえそこまで考えが至らなかったのだろう。

 動揺している今がチャンスだと、男が少女に手を伸ばしたときだった。


「あ、やっ、きゃああああああ!!」


 手を伸ばされたことで少女が思わず身じろぎした瞬間、濡れた足下が滑り、そのまま身体が宙を舞う。

 ビルから落ちた身体は制御ができず、今更ながら「やっぱりまだ死にたくない……っ」と落ちながら何かに捕まろうと必死に手を彷徨わせるも、何も掴めるものなどなく絶望した。

 ただただ地面に引き寄せられるように引っ張られるのを感じながら、少女は後悔の涙がぼろぼろと溢れてくるのを止めることもできず、「ママ、ごめんね、ママ、大好きだよ」と最期の言葉を心の中で呟く。


「確保」


 不意に、耳元で囁かれたかと思えば、ふわっと何か温かいものに包み込まれた感覚。

 その温もりに、これがいわゆる天国というものかと感じた少女は「あぁ、自分は死んだのか」と思いながら、そのまま意識を失うのだった。

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