第17話 新人いびり⑰

「いやぁ、大成功じゃないかな?」

「ふふふ、全部私の仕込み通りにいってよかったわ」

「さすがアガツマ。段取りがいいね、偉い偉い」

「だから言い方!」


 その場にはいなかったアズマだが、アガツマの念写とアズマの能力で先程までの田町達の顛末を映像にして眺めていた。

 映像だというのにリアルに伝わるほどの阿鼻叫喚具合に、きっと現地では想像以上に混沌と化していることだろう。


「それにしても想像以上というかなんというか、よくもまぁここまでやらかしたというか。バカな男って罪よねぇ」

「光があるからこそ陰が生まれる、って言うからそれは自然の摂理なんじゃないかな?」

「うわっ、アズマがまたもっともらしいこと言ってる」

「心外だなぁ。ねぇ、アガツマって僕に対して当たりが強くないかい?」

「そんなことないわよぉ。アズマとはビジネスパートナーだし? いい関係を築きたいとは思ってるわよ〜」

「本当かなぁ。……まぁ、いいけど」


 訝しむようにアガツマを見るが、にっこり微笑まれてはそれ以上追及することなどできなかった。

 こういうアガツマの何でもないように取り繕うところはアズマも見習わなければならないほど上手く、感心するほどである。


「それにしてもこのまま追い詰めすぎたら田町死んじゃうんじゃないの? 大丈夫かしら」

「あー、多分大丈夫だと思うよ」

「えー、根拠は? 死んだら魂回収できなくなっちゃうわよ?」

「わかってるさ。うーん、根拠はなんだろう、クズだから、かな?」

「はい?」

「ははは。アガツマにはまだ難しいかな? とりあえず、真野のほうの魂の回収はよろしくね。僕はちょっと出てくる」

「え、どこに行くの?」

「うん? 決まってるだろう、魂の回収さ」


 アズマはアガツマににっこりと微笑むと、印を結び「融けるメルト」と唱え、どろりと自らの身体を融かすのであった。



 ◇



「くそ……っ、くそ……っ、どいつもこいつも、よってたかって俺のことをボロクソに言いやがって!!」


 深夜のカラスマ工業に一つの人影。

 そして、その手にはポリタンク。

 臭いからして灯油だろうか、それを怨嗟の言葉と共にカラスマ工業の社屋の周りにひたすらかけていく。


「こんな会社、クソ喰らえだ! 全部消えてなくなれ!! 金はもらったし、もう用済みだ。明日から全部リセットしてやる! 奈々も恭子も全部全部おさらばだ!!」

「何をしてるんですか?」

「っ! 誰だ!? ……あ、吾妻か?」

「えぇ、アズマですよ。田町さん、そこで何をなさってるんですか?」


 アズマがゆっくりと田町に近づく。

 闇夜に紛れてよからぬことをしていた田町はアズマに見られ、最初こそ引き攣った表情をしていたが、だんだんとその顔は夜叉へと変わっていった。


「全部、全部全部全部全部全部全部お前のせいだ!!! お前が、来なかったせいで、俺が、この俺がこんな目に!!! いや、そもそもお前がこのカラスマ工業に来たせいだ!! 何もかも全部お前のせいだ!!!!」


 ポリタンクを投げ捨て、アズマに詰め寄る田町。

 アズマの胸ぐらを掴み、前後に揺すり続ける。

 だがアズマは動じず、されるがままだった。


「そうだとしたらどうします?」

「は、はぁ!?? どういうことだ!? やはり全部お前のせいだったのか!!」

「えぇ、全部全部私のせいですよ、田町さん?」


 アズマがにっこりと微笑む。

 すると、田町からどばっと勢いよくどす黒いオーラが解き放たれる。

 目は充血して見開き、顔を真っ赤にしたかと思えば田町はアズマの首を絞めた。


「死ね! お前なんか、死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

「あー残念、死なないんですよ、これが。ふふふ、ははははははは!!!」


 アズマは首を絞められているはずなのに、高笑いをするとそのまま印を結ぶ。

 窒息してもおかしくないほど、いや、首の骨を折ってもおかしくないほどの力で絞めているはずなのに、アズマが平然としていることに田町はだんだんと血の気が引いていく。


「な、何なんだ、お前!! 何なんだよ! どうなっている! 何で死なないんだ!!!!」


 必死に絞殺しようと力むも、感触はあるはずなのにニコニコと楽しそうなアズマ。

 そして、印を結び終え、「ようこそ、悪夢へウェルカムトゥナイトメア」と微笑めば、アズマの身体がどろりと融け、辺りが闇夜よりも暗く光の届かない黒い世界に田町は飲み込まれた。


「ひ、ひぃいいい!! か、身体が! 吾妻、どこにいる!! 何も見えないぞ! 一体どうなってるんだ!!?」

「ここは僕の世界ですよ。悪夢の世界。貴方が苦しめた者が棲まう世界です」

「な、何だ、どういうことだ!?」

「大丈夫ですよ、すぐにわかります」


 アズマがゆっくりと田町の耳元で囁けば、田町は大きく驚いて足をもつれさせ転ぶ。

 そして慌てて立ち上がろうとするも、何かに足や腕を取られて引っ張られ、身動きが取れなくなり、「う、うわぁああああ」と情けない声を上げた。


「だ、誰か! 誰か、助けてくれ!!」

「勝哉ぁ……」


 田町が必死に助けを呼ぶと、ぬるっと彼の前に姿を表したのは妻である奈々だった。


「な、奈々!? 奈々なのか!?? お、お願いだ! 早く、早く俺を助けてくれ!!」


 必死に田町が叫ぶも動かない奈々。

 田町は身体が痛み、軋むほど手足が引っ張られることに恐怖を覚えながら必死にもがいて妻の名を呼び続けた。


「奈々! 奈々、お願いだ! 助けてくれ!!」

「助けるぅ? 仕事で忙しいって悪阻で動けない私と子供達を放っておいて浮気三昧だった人を、た、助けるぅ〜?」

「いや! それは、だから……悪かったって! 今度はちゃんと面倒見るし、その、家事も手伝うから!!」

「ふふふ、あっははははは! 手伝う? ふざけないでよ。仕事だって前職もハラスメントで解雇されたことだって知ってるのよ! だからって子供達のことを想ってパパに頼んで仕事を紹介してもらったっていうのに、不倫して横領までするだなんて……っ」

「それは、これから心を入れ替えて! ちゃんと今後はしっかり頑張っていくから」

「ふぅん、心を入れ替えて、ねぇ? じゃあ、私がお手伝いしてあげる」


 奈々がそう言うと、いつの間に持っていたのか、手には包丁が握られていた。

 そして、それを握りしめてゆっくりゆっくりと田町に近づいていく。


「な、何を……っ、奈々? な、うぎゃあああああ!!」


 奈々が包丁を振り上げると、そのまま田町の心臓に突き立てる。

 田町は痛みで絶叫するも、奈々はそのまま何度も刺していった。


「ダメですよぉ、田町さん。失神したら。ほら、私達の傷はこんなもんじゃ済みませんよ?」

「……っぐぁあああ、きょ、恭子ぉおおお!!」


 いつの間にかいた真野が傷口を開き、思いきり手を突っ込むとそのまま心臓を取り出した。


「うぎゃあああああ!!!! あぁあああ、俺が悪かったぁあああ!! あぁあああああぁああ!!!」

「おや、反省の言葉が出たのは重畳重畳。僕も鬼ではないですからね、ではこのくらいにしておきましょうか」


 アズマが手を振ると奈々と真野は消え、先程まであったはずの傷も取り出されたはずの心臓も何事もなかったかのように元に戻っていた。

 そして、意識を失った田町の中心に手を突っ込むと、彼の心を抜き取る。


「うーん、いい感じ。絶望の中にちょっとした懺悔の念の香り。これはアガツマも大喜びそうな代物だ。上出来上出来」


 アズマは満足すると、悪夢を消し元通りの世界に戻す。

 失神した田町が地面に転がっているのを確認した。


「我ながら完璧。さすが僕、冴えてるなぁ」


 印を結んで「修復リペア」と唱えると辺りに撒き散らかされていた灯油は綺麗さっぱりと消え去る。

 そしてアズマは田町の身体をひょいと持ち上げると、足下に出した闇の中にずぶぶぶぶ、と飲み込まれていくのだった。

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