第3話 新人いびり③
「今日からここが吾妻くんのデスクだ」
「どどどどうもありがとうございます」
吃りながら田町に席へと案内されると、そこは雑然と紙束やら工具などが無造作に置かれ、もはや机ではなく物置と化していた。
「あ、あの、え、えと……上に乗っているものは……」
「自分で片付けりゃいいだろ。え? それくらい、自分で考えられないの?」
「は、はぁ……」
先程とは打って変わっての田町のこの態度。
やはり烏丸がいなくなったのを見計らって態度を変えているということか、とアズマは冷静に分析する。
烏丸は挨拶を終えるとすぐさま自分の工房へと行ってしまったし、この状況的にあまり会社のほうには出入りしていないようだ。
ということはあまり内部のことに関しては無関心ということだろう。
それはつまり現在この事務所内は無法地帯と化していると言っても過言ではない。
(本来できる大人の集団であれば監視の目は必要ないだろうけど、ここは学生気質の人間が多いな)
ちらちらっと好奇な目に晒されて、アズマはまるで学生生活を体験しているような錯覚を覚えた。
ある者はイキって調子づき、ある者は無関心を装い、ある者は
社会の縮図を煮詰めて腐らせたような反吐の出る空間。
……実際にアズマは学生生活など体験したことなどはないが。
(まずは品定め中といったところか)
履歴書はまだ烏丸のところだろう。
だからこそ、まだ経歴で攻撃されることはないはずだ。
とりあえず動向を確認しようと、アズマが大人しく机の上を片付け始めると、ぬっと影が落ちて視界が暗くなる。
顔を上げるとそこには係長である
「それ終わったら雑巾掛けとトイレ掃除な」
「えっ、でも清掃は業者の方が入ってるって聞きましたが……」
「つべこべ言ってんじゃねぇよ。新人の仕事だって言ってるだろぉ!?」
ガンっと大きな音と共に蹴られるゴミ箱。
もちろん中身は周りに散乱し、辺り一帯はゴミで汚された。
「あーあ、きったねぇ。ついでにそれも掃除しておけよ」
下卑た笑みを浮かべる根津。
それを見て「こらこら、根津くんもっと優しくしてあげなさい」とニヤニヤしながら話す田町。
そして周りからの冷ややかな視線やあえて視界に入れないようにしている空気などを感じ、アズマはなるほど、と悟った。
(主な新人いびりはこの二人、ということだな。まだ出てくるかもしれないから要観察、といったところか)
アズマは何も言わずに片付けを始める。
それをじろじろと見られながら、荒探しをされては指摘され罵倒されの繰り返し。
(元気だなぁ。そもそもべったり張り付いてるけど自分の仕事をしなくていいのかね。それからもっと語彙力上げないとさっきから同じ言葉何度も聞いてるんだけどなぁ)
もはやBGMにしか聞こえない罵詈雑言を聞きながら、アズマはゆっくり丁寧に片付けを終えるのであった。
◇
「終わりました」
「てめぇ、やる気あんのか?」
「あ、はい」
キャラを取り繕わなくなったことに気づいていないのだろう。
根津は散々アズマを罵倒し続けていたせいか、ぜぇぜぇと息切れして長距離を走ったくらいの蒼白い表情をしていた。
「ちゃんと綺麗に掃除したんだろうなぁ? ……まぁいい」
姑よろしく、縁をなぞるように指を滑らすが、アズマは徹底的に床から机から拭き上げていたので塵一つすら残っておらず、八つ当ろうとしていたのだろうが不発に終わったようだ。
そこはバカというか素直というか、根津は単純で御し易い人間なのだろうとアズマは思った。
「じゃあ次はトイレ掃除だ」
「はい」
「お前はここに仕事しに来たんじゃねぇよなぁ? やることは掃除だけじゃねぇんだからさっさとやれよ」
「わかりました」
自分が言い出したんだろう、と呆れつつ、もはや矛盾していることにすら気づいていないのか、とアズマは根津の頭が心配になりながら掃除道具を持って一人トイレの中へと入る。
アズマがトイレに入ったのを見届けると、田町と根津は顔を見合わせ、お互いににやりと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
(初日なのに随分とかっ飛ばしてくるな、あいつら)
さすがにこれは予想以上だとアズマも溜め息をつく。
まさかこんなにも初日から当たりが強く、いびってこようとするとは思わなかった。
もっと初日は様子見する予定ではあったのだが、こうもあからさまではやりがいも何もないな、と思う。
これが常態化していたらそりゃ新人など定着するはずがない。
(時間をかけててもしょうがないし、ちゃっちゃと終わらせるか)
汚れがこべりついた便器や洗面台などを見下ろしながらアズマは誰も周りにいないことを見計らって印を結んだ。
「
アズマの声と共にこべりついていたはずの汚れが浮き上がり、宙に浮かんでいく。
そしてありとあらゆる塵芥が一点に収縮され、そのまま消失した。
(うんうん、綺麗さっぱり)
アズマは我ながら見違えるようにピカピカになったなぁ、と満足しながら便器に腰掛け、あまり早くトイレから出すぎては怪しまれるだろうと、時が過ぎるのを待つのだった。
「終わりました」
適当にトイレで時間を潰してからアズマが外に出ると、訝しむように眉を顰める根津。
「本当かぁ? 随分と早いな」
「そうでしょうか? では、確認してみてください」
まぁまぁ時間は潰したはずだが、それでも実質五分といったところか、確かに少々出てくるのが早すぎたのかもしれない。
でも、あまりだらだらトイレに籠っていてもな、とアズマが考えていると突然「おい!」と根津に胸ぐらを掴まれた。
「な、なんですか?」
「なんか変な薬品か何か使ったんだろ! 急にこんな綺麗になるわけがねぇ!!」
「そうは言われても……薬品の匂いとかしてませんよ?」
「そ、そうかもしれねぇけど、なんかやったんだろ!!?」
(すごいなぁ、何だその無茶苦茶な言い方)
こじつけどころの話じゃない、もはや根津の言葉は言いがかりにすぎず全てが破綻していた。
「根津くん、暴力はいけないよ」
「ですけど課長……っ!」
さすがに突然胸ぐらを掴み出した根津を諌めるためか、田町もトイレにやってくる。
そして、根津の手を押さえながらアズマを見ると、ニヤッと口元を歪ませた。
「本当に終わったと言うなら、吾妻くん、便器を舐めてみなよ」
「はい?」
「綺麗になったと言い張るのなら、舐めるくらいできるだろう?」
(あー、なるほど。そうきますか)
新人いじめの首謀者はこの田町に確定だ、とアズマは確信する。
田町の身体から溢れるオーラは酷く淀み、異臭を放つほどに
「わかりました」
まさかアズマが素直に従うとは思わなかったのだろう、二人は一瞬ギョッとした表情をする。
だが、そのあと二人は顔を見合わせたあとニヤニヤと嘲笑するような笑みを浮かべ「じゃあ、さっさとやれよ」とアズマを促した。
(これは調査する手間が省けたと言うべきか。まぁ、そういうことにしておこう)
アズマは後ろ手で小さく印を結び、「……
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