第2話 新人いびり②
「烏丸さま、おはようございます。アズマです」
「おは……って、えぇええええええ!? ど、ど、ど、どなたですか!???」
烏丸が顔を上げた瞬間、驚きすぎて思わず大きな声を上げて後退る。
まだ始業前で誰もいないのでよかったものの、下手にバレてはいけないと「あまり騒がれては潜入調査が失敗してしまいますよ」とアズマはにっこりと微笑んだ。
「そそそそうですね。え、あ、でも、あれ、昨日までもっと身長が、あれ? 見た目も……、え?」
「変装が得意だと言ったでしょう? どうです? これなら気の弱い新人に見えますでしょう?」
「え、えぇ、はい。……それにしても変装ってこんなに変わるんですね」
今日のアズマは昨日の姿とは打って変わって、いわゆる隠キャやモブと呼ばれるような見た目であった。
髪は黒くもっさりと長めで分厚いメガネをかけつつも目元が隠れ、身長も百六十センチメートルくらいと低く、さらに猫背。
首や腕なども細く色白で、肋骨が浮いてそうなほどほっそりとした見た目に、烏丸が同一人物だと認識しづらいのも無理もない。
どうやったらここまで変わるのか、と変装というもののイメージが根本から覆りそうな気になりながら、烏丸は自分を落ち着かせた。
「では、こちらが履歴書です」
「あぁ、わざわざどうもありがとうございます。はぁ、これは凄い経歴ですね……」
「えぇ、このほうが釣れやすいので」
アズマが渡した履歴書には有名私学の名が書かれていて、さらに資格がずらっと書かれていた。
いずれもフェイクではあるのだが、新人いびりをするというのは何かしらの隙を見つけたり、相手の劣等感を刺激したりということがキッカケが多く、この履歴書にはそういったことが散りばめられている。
「でも、履歴書なんて見るのは基本的に事務の者だけですが……」
「恐らくですが、新人いびりに関しては事務の方も絡んでることが多いですよ。でないと、入って早々に学歴のことや資格のことなどの情報が漏れることはありませんから。恐らく事務の方が実行犯の方々に履歴書を流しているとみて間違いないです。下手すると元々採用する時点でそういういびりやすい方を選んでいる可能性もありますし」
大抵の新人いびりというのはまだ相手を知りもしないものの、日頃の勤務態度での隙や見た目や性格などでマウントを取れそうな相手に行うものである。
だが昨日アズマが烏丸に聞いた感じではここ一、二年は定着せずに長くて三ヶ月、短くて翌日などあからさまに退職のスパンが短い。
そこを鑑みてもあからさまにターゲットを絞っているか、もしくは情報が流れている可能性が高いと考えたのだ。
「そ、そうなんですか。でもまさか彼女がそんな……」
「その辺を含めての調査ですから。実際経営者に見せる顔と一般社員に見せる顔は違いますしね。とりあえず、今日から一ヶ月じっくり確認させていただきますので、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!!」
◇
「ほ、本日よりお世話になります、
社員達の前で一礼するアズマ。
オドオドとした態度で声は小さく、いかにも頼りなさそうな姿で挨拶をする。
それをつまらなさそうに、また哀れむような瞳で社員が見つめてくるのを確認しながら、「さすがに社長がいる手前、そんなすぐには尻尾を出さないか」とアズマは思った。
「えーっと、さっき挨拶をしてくれたように、今日から新しく入った吾妻くんです。まだわからないことがたくさんあるだろうと思うので、皆さん指導をよろしくお願いします」
烏丸の言葉がまるで空回りしてるかのように、微妙な空気が流れる。
その流れを変えるかのように口を開いたのは一人の女だった。
「社長、いつ面接なさったんですか? 聞いてませんが」
やけに突っかかるような言い方をするこの女は事務の
年は三十代半ばで独身。
高卒から勤務している古株であり、ここの事務員兼総務を担当している、いわゆるお局さまという位置にいる女性だった。
「あー……あぁ、ハローワークから直接こちらに持ってこられてね。最近また新人さんが辞めたばかりだからとすぐに採用したのだが、ま、まずかっただろうか?」
「いえ、別に問題はないですけど……」
真野はアズマをチラッと見る。
そしていかにもハズレとでも言いたげな表情を見せたあと、ふんっ、と視線をそらした。
(なるほど、力関係がやや崩れているな)
経営者がむやみに偉ぶるのもよくないが、この状況では社員に振り回されているなぁ、とアズマは観察する。
(これはなるべく早く解決しないと下手すれば修復が効かなくなりそうだな)
烏丸は緊張からか周りの状況がきちんと見えていないようだが、どう見ても彼の話をきちんと聞いている者は少なかった。
ある者は天井のシミを数え、ある者はネイルに気を取られている。
どう見てもこの会社の先行きは明るくないというのが見て取れ、烏丸の技術力のみでこの会社は支えられているのだと感じた。
「では、田町くん。キミの下に吾妻くんを置くので上司として面倒を頼むよ」
「わかりました」
田町と呼ばれた男はすぐさま返事をする。
いかにも快活そうな表情をしているが、一体今後どんな態度を取ってくるのか、とアズマは静かに彼らの行動を楽しみにしているのであった。
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