第一章 新人いびり
第1話 新人いびり①
彼もまた自分の会社を救うべく立ち上がったはいいが、自分で解決するまでには至らない非常に困った案件を抱える者の一人だった。
「この辺、だよなぁ?」
男は噂になっているあらゆる困ったことを解決する何でも屋がこの辺りにいると聞いて、遠路はるばるここまでやってきた。
「まさか、これか……?」
そこは人通りも少ない、路地裏にあるビルだった。
路地裏にあるにも関わらず、周りに並ぶ廃墟のようなビルなどに比べて近代芸術のような一般人には理解しがたいフォルムだがとても美しく、異彩を放っている。
まるでそこだけが異界と化してると錯覚してしまうほど異様な光景に思わず男はごくりと生唾を飲み込み、手汗でしわしわになってしまった紙とビルを何度も見返す。
「やはりここだ。『無双代行人アズマ』あぁ、なんだか怖くなってきたぞ。だが、これも我が社のためだ……っ」
男は意を決しつつも、恐る恐ると言った様子でその綺麗な細いビルの中へと足を踏み入れる男。
キョロキョロと不躾ながら周りを見回すと、内装も外装に合わせて小洒落ていて絵画や観葉植物などが置かれ、美術館にでも来たかのような心地になる。
「って、魅入っている場合ではなかった。受付……受付……」
受付らしきものは見当たらず、誰もいないエントランス。
男が奥へと進んでいくと、そこにはディスプレイがあり、何やらボタンを押せば事務所へと直通で連絡できると記載してあった。
男がボタンを押すと何度かの保留音のあと、サッと画面が切り替わる。
そこには見たこともないほど美しい女性が映り、思わず男はギョッとしたあとドギマギしてしまった。
「『無双代行人アズマ』です。ご用件は?」
ディスプレイ越しだというのに声まで綺麗だなぁ、と感心しながら男はゆっくりと口を開けた。
「本日十五時より予約しておりました、カラスマ工業の烏丸と申します」
「カラスマ工業の烏丸さまですね。お待ちしておりました。ただいま事務所まで案内致しますので、少々お待ちください」
ぷつん、とディスプレイが消えると、奥からカツンカツンという音と共にやってきたのは先程の女性だった。
すらっと身長が高く、髪は一纏めにしてても美しいとわかるほどの薄い金色の髪。
肌の色は透き通るように白く、陶器のようにきめ細やかで、まるで後光でも差してるかのように美しく輝いて見える顔と制服の上からでもわかるほどのスタイルのよさ。
そして手足も長くほっそりとしていて顔も小さく、まるでハリウッド女優かパリコレモデルのような絶世の美女だ。
「秘書のアガツマと申します。お待たせ致しました。ただいま案内致しますのでこちらへどうぞ」
「はははははい」
男は吃りながらぎこちない様子でアガツマについていく。
アガツマはそんな様子に慣れているのか、口元を緩めながらそっと微笑むと、奥へと進んでいった。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、あの、ここ、ですか?」
どう見ても何の変哲もない部屋の片隅へと案内されて、てっきり事務所かエレベーターへと案内されるだろうと思った烏丸は困惑した。
だが、烏丸の様子を見てもアガツマはにっこりと笑ったまま、「こちらです」と答える。
烏丸は言われた通りに部屋の片隅へと寄ると、
というのも、烏丸はどうにもどこかに触れていないとなんだか落ち着かなかったからだ。
「あぁ、申し訳ありません。目を瞑っていただけますでしょうか」
「目を、瞑るんですか?」
「はい。一瞬で結構ですので」
アガツマに言われて、烏丸は訳がわからないなりに目を閉じる。
そして、「はい、開けてください」と言われてすぐに目を開くとそこは先程までの部屋とは違った落ち着きあるダークモダンな部屋へと様変わりしていた。
「え? えぇ!? 何で!??」
慌てふためく烏丸。
それを見てニコニコと微笑んだまま、動じた様子もないアガツマ。
そして、目の前には先程までいなかった若い利発そうな男が立っていた。
「はじめまして、ようこそお越しくださいました。室長のアズマと申します。烏丸さまですね、お待ちしておりました」
「あ、はい、かかか、カラスマ工業の
烏丸が挨拶をすればアズマににっこりと微笑まれる。
同性だというのになんだかドギマギすると烏丸が思ってしまうほど、アズマと名乗った男はアガツマに負けず劣らずの美貌であった。
身長は小柄な烏丸が見上げるほどで百八十センチメートルくらい。
スッと通った鼻筋に黒曜石のような艶やかな黒髪と瞳。
ほっそりとはしているが、決して貧相ではなくほどほどに胸板に厚みがあり、いわゆる細マッチョと言った体型で、脚が異様に長い。
こんな芸能人のような美貌の相手と会話などしたことがないあがり症な烏丸にとって、緊張しないというのが無理な話であった。
「どうぞこちらへおかけください」
様々なことに驚愕し緊張している烏丸をよそに、アズマは席へ着くように促す。
烏丸がおずおずと言った様子で席に着くと、アズマ自らも席に着く。
そしてアズマはその黒曜石のような瞳で烏丸をまっすぐ見つめ、「では、早速お話をうかがいましょう」と彼に話を促すのであった。
◇
「新人が定着しない、と」
「そうなんです。実は古参の社員が新人が入るたびに虐めているようなのですが、なんとなくそういう雰囲気を感じはするものの、まだハッキリと確信は持てない状態でして。本当は確信がなかったとしてもある程度のことははっきりと私が言わないといけないのでしょうが、何を隠そう私はあがり症で気が弱く」
「ほう、なるほど」
先程からやたらと汗を拭う烏丸に、「確かにこの性格じゃ強く出るのは難しそうだな」とアズマは考える。
烏丸がこのビルの中に入ってきてから挙動や言動などを観察してみた限り、彼は年齢のわりには好奇心旺盛で素直ではあるが、いかんせん気が弱くそれを前面に出してしまうところが彼の悪いところだろう。
技術者として悪くはないが、人の上に立つとなるとまた難しいのかもしれない。
「わかりました。では、早速明日から対処しましょう」
「あ、明日から、ですか?」
「何か問題が? こういうのは早く対処するに限るかと」
「い、いえ! こちらとしては大変助かりますが、どのようになさるおつもりで?」
「まずは現地調査が大事なので、潜入調査をして相手の動向などを掴んでから対処致します」
「というと、つまり……?」
「私が新人として御社に入社して、実態を確かめるということです」
「なるほど。ですがアズマさんのような、その、男前というか……今はイケメンというんでしたっけ? そんな方が新人として突然入ってきてもあまり効果がないような気が……」
「そこはご安心ください。私こう見えて変装が得意でして」
「へ、変装、ですか?」
「えぇ。なのでご心配には及びません」
にっこりとアズマが微笑む。
その後、潜入後のことや原因追求後のことなどの話を詰めると、烏丸は安心したのかやっと緊張が解けたのか、ホッとした表情を見せると「アズマさん、よろしくお願いします」と握手を交わすのであった。
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