第4話 新人いびり④

「お疲れさまでした」

「はっ! は? え? あれ?」

「な、なんなんだ、一体どうなってる!?」


 アズマの言葉にハッと我に返り、慌てふためく田町と根津。

 それもそのはず、彼らが我に返ったときには既に夕暮れになっていたのだから。

 二人以外はみんな就業時間を終えたということで帰宅し、事務所に残っていたのは彼らとアズマだけだった。


「さっきまで、昼前だったはず……、え、どうなってるんだ!?」

「何だ、何が起こってやがる!?」

「お二人とも大丈夫ですか? さっきまで普通に業務されてましたよ? もう就業時間終わりましたし、今日はノー残業デーでしたよね。お疲れさまでした」

「は? おい!」


 記憶が混濁し、呆然としている二人をよそに、アズマは颯爽と事務所を出る。

 そして、その足で烏丸のところへと向かうのだった。



 ◇



「とりあえず、誰がやっているのかはある程度突き止めました」

「え、もうですか! さすがアズマさんお仕事が早い!」


 アズマの言葉に喜ぶ烏丸。

 まさか入社してすぐに突き止めるとは思ってもみなかったのだろう。

 だが、烏丸が当日にわかってしまうほどまでにこの新人いびりが深刻だということがわかっていないということに、アズマは内心残念に思っていた。


「それで、誰が一体……?」

「いえ、まだ今の段階ではお話できません」

「え、なぜですか?」

「今ここで申し上げても烏丸さまがいつもの対応をできるとは思えないので」


 言われて確かに、と納得する烏丸。

 実際に烏丸に該当者を言ってしまったら、恐らく無意識のうちに対応が変わってきったり、直接注意したりしてしまうはずだ。

 そうなったら彼らはきっと内通者を探し出すという名目でさらによからぬことをするだろうし、余計に見つからぬように手の込んだいびりをする可能性があるため、それはなんとしてでも避けたかった。


「そういえば、私の履歴書は渡していただけました?」

「え、あ、はい。彼女のほうから確認したい、と求められましたので」


 事前に真野に履歴書を渡しておいてくれ、とアズマは伝えていたのだが、どうやら念を押すまでもなかったらしい。

 これで明日はどうなるか、と密かに楽しみにしながら、アズマは早くも次の段階に進むために烏丸に再度確認することにする。


「それでは再度確認なのですが、今回この新人いびりに関係する人は全てこちらで対処してよろしい、ということでしたよね?」

「え、えぇ。このままでは今後会社を残すことも困難になるでしょうし。でも、もし当人に改善の余地があるのなら改善してもらいたいとは思いますが……」


 基本的に烏丸は性善説派なのだろう、改心さえすればいいとの考えなのだろうが、それは経営者としては危うい考えだ。

 そして、アズマは先程オーラを思い出し、彼がこの先改心することなどないことも察していた。


「恐らく、それは難しいでしょうね」

「そう、なんですか……?」

「えぇ。私が当日入ってすぐにわかるくらいですからね、その辺りで察していただけるとありがたいです」


 アズマの言葉にハッとする烏丸。

 やはり烏丸は言葉通りに受け取って、本質をよく理解していなかったらしい。

 人はいいのかもしれないが、これでは管理者としては致命的だ。


「な、なるほど。そうですか、そうですよね……。ちなみに、その、対処というのは……あの、失礼ながら、何か、その……人に言えないこととかそう言ったものではないですよね?」

「あぁ、もちろんご安心ください。あくまで社会的制裁をする、というだけですから。粛々と証拠を集めてそれで交渉するというだけですよ。大丈夫です、あとの身の振り方はご本人に決めていただくようにしますから」

「そ、そうでしたか。ありがとうございます」


 ホッとしたように汗を何度も拭う烏丸。

 どこまでもお人好しなのだな、と思いつつも今後烏丸自身がこのような状態では今回彼らを排除したところでまた新たな新人いびりをする人物が出てくるかもしれないともアズマは感じていた。


「失礼ながら、今後もしこの会社を続けたいという気持ちがあるのであれば、お願いがあるのですが」

「は、はい。何でしょうか?」

「もっと人を見てあげてください。烏丸さまは自分の仕事に熱中するあまり、仕事のみ一生懸命であまり人をよく見てないように思います」

「人、ですか……」

「それと、烏丸さまは優しいようで冷たい気もします」

「私が、冷たい、ですか?」


 今までそんなこと言われたことがないのだろう。

 烏丸は目を丸くして烏丸の言葉をオウム返しした。


「はい。事務所を見ているだけでも人間関係がギクシャクして空気は澱んでいるように思います。もっと積極的に声かけをしてあげてください。ここは烏丸さまの会社であり、社員は同志として同じ目標を目指して進む仲間だと私は思いますよ」

「仲間、ですか……」

「もっと風通しをよくしないと今後も同様のことが起きる可能性が高くなります。ですから、烏丸さまも変わる努力をしていただければと」

「な、なるほど。確かに、そうですね。ですが、何を話せばいいのか……」

「些細なことでいいんですよ。天気の話や仕事の進捗の話など。あぁ、アイデアなんかを尋ねるのだっていい。皆さんそれぞれ何か意見をお持ちでしょうし。それに会話は育てるものです。相手のことを知れば知るほど自ずと質問も増えていきますよ」

「育てる、ですか。な、なるほど、そうですね」

「できることからでいいので、早速明日から始めてください」

「わかりました」


 素直に頷く烏丸。

 こうしてアズマの意見にしっかり耳を傾けるというのは、彼のいいところであった。


「では、私はこれで。明日もまたよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 少しだけ、烏丸の声のトーンが上がった気がするのを感じながら、アズマは早速行動するべく外に出ると印を結ぶ。

 そして、「戻るリターン」と言うと一瞬でその場から姿を消すのだった。

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